ゼレンスキー大統領の日本の国会でのオンライン演説が、二転三転の末、実現することになった。ウクライナ側の要請に当初は、慎重論もあったと聞いた。理由をたどれば、日本の国会でのデジタル環境のお粗末さが、ひとつの背景だった。今、世界中が注視する「超・時の人」の演説オファーに、もし乗っからない(乗っかれない)ことになっていたら、日本の国会のIT力の弱さを世界に露呈してしまうことにもなりかねなかった。 

海外要人の国会演説はこれまで、国賓で来日したケースで行われてきた。演説の場所は衆議院の本会議場が通例だが、今回は本会議場ではなく、一定の設備が整った衆院議員会館に議員が集まる形で行われる見通しだ。

コロナ禍以前の海外要人の国会演説は、メディアも本会議場に入って聞くことができた。何度かその機会を持ったが、個人的に今も心に残るのは、2011年11月に来日したブータンのワンチュク国王だ。日本の政治家の「言葉力」との差に、ちょっとびっくりした。

ワンチュク国王がおさめるブータンは小さな国ではあるが、国の経済成長力より「国民幸福度」に重きが置かれているとしてあのころ大きな話題になり、関心を集めていた。

当時は、東日本大震災から半年あまりが過ぎたばかりの時期。被災地のインフラも、日本人の心も、まだ本格的な復興には遠い段階だった。そんな中、演壇に立った国王は「私たちの日本への支援はつつましいが、友情や思いやりの気持ちは心からの真実」「日本と国民は、この不幸から力強く立ち上がることができる」などと呼びかけ、励ましてくれた。日本語ではなく英語だったが、言葉に自信がみなぎっていた。

当時は民主党の野田内閣だったが、本会議場で取材しながら聞く総理大臣の演説といえば、原稿を見たり、へたをしたら原稿棒読みということも珍しくない。そんなこともあって、日本と世界のトップには「言葉力の差があるんじゃないかな」と感じたことを覚えている。

翻って、ゼレンスキー大統領。ロシアのウクライナ侵攻以降、日々発信をしているが、顔にも声にもすごみが出てきたと感じる人は、私だけではないはずだ。トップの言葉が不安なら国民も不安になる。私たちは、首相の原稿棒読みに慣れてしまった感があるが、棒読みでは伝わらないことがあるはずだ。これはある意味、ゼレンスキー大統領とは反対の立場でもあるロシアのプーチン大統領の演説にも、言えることかもしれない。

ゼレンスキー大統領は就任後、1度来日している。2019年10月、天皇陛下の即位を祝う祝賀行事で、こちらも夫同様の発信力を駆使しているオレナ夫人とともに日本を訪れた。政府関係者によると、その際はあくまで「来日した各国首脳の1人」という立場。その際、安倍晋三首相(当時)が会った50カ国の要人との「マラソン会談」の流れで、10月21日午後に迎賓館で会談が行われたが、当然時間も短く、当時は話題にもならなかった。今回はロシアによる侵攻がまもなく1カ月を迎えようとする中、世界中の議会に向けてオンライン演説戦略を仕掛ける流れの一環だ。注目されないはずがない。

日本の国会でオンラインでの演説が行われるのは初めてだが、国会議員の間ではかねて「国会改革」が叫ばれてきた。ペーパーレス化やタブレット端末の解禁などIT化への動きは出ているものの、今回のようなオンライン演説は「想定外だった」(国会関係者)そうだ。コロナ禍で本会議では出席する人を減らし、事務所などでオンラインで見るスタイルも定着したが、肝心の国会側のIT化が進んでいないことの裏返しにもなった。

ゼレンスキー大統領のオンライン演説は23日午後6時から予定される。生中継も行われるはずだ。実物を生で見るわけではないオンラインであっても、日本以外の国のトップの「言葉力」というものに接する、貴重な機会になるかもしれない。【中山知子】