7月10日に予定される今夏の参院選まで、2カ月を切った。最近の選挙は、メディア的には「与野党決戦」の観点で取材をしてきたものだが、今回は野党による候補者調整もこれまでのようにうまくいっておらず、与野党対決というより、まずは野党の「内輪もめ」に関心が集まる。選挙結果の鍵を握るとされる32ある1人区で野党が一定の戦果を残せるのか、関係者に話を聞くと「なかなかビミョーな状況」だという。

国会戦術で、間違いや都合が悪い部分があると「人の話を聞く」岸田文雄首相が、路線修正もいとわず、「抱きつき戦術」のような形で野党に歩み寄ることもある。野党が望む与党との対立構図も、想定通りには作り出せていない。

そもそも、今回野党の協力がなかなか進まない一因が、昨年の衆院選だ。立憲民主党が共産党などと選挙協力した結果、立民は議席を減らし、日本維新の会や国民民主党は議席を増やした。少なくとも今の段階では、これまで自民党に向かっていた野党第1党・立民の対抗意識が、「身内」の野党内に向かっているような感じも漂う。昨年の衆院選を機に、ムードを一変させたのが、岸田首相の「戦略」だった。

昨年の衆院選は、就任したばかりの岸田首相による電撃的な解散、総選挙だった。選挙日程はもう少し先かと思われていたが、「ご祝儀相場」のうちとばかりに、時間をおかず解散に踏み切った。

解散から選挙まで、戦後最短の17日間で、じっくりした準備の時間も与えられないままま突入。当初の予想を覆し、岸田自民党は大勝した。敵の寝込みを急襲するような電撃的な手法に、政界では「優男(やさお)のような雰囲気をみせつつ、意外にも戦略家、策略家ではないのか」との声も漏れた。

衆院選大勝を皮切りに、岸田政権下ではこれまで知事選などいくつか大きな選挙が行われたが、自民党系はほぼ負けなしの状態だ。今年は、政権との対立が続く沖縄県の「選挙イヤー」だが、1月の名護市長選をはじめここまで4市長選で自民が勝利。保守分裂となった3月の石川県知事選も、党本部が支援した馳浩氏が勝った。先月の参院石川補選も制した。これも保守分裂だった長崎県知事選も、自民新人が現職を下した。今月29日には、与野党対決の新潟県知事選が控える。注目の選挙で敗れれば政権にダメージとなるが、これまでにそんな結果は生まれておらず、選挙に関して、岸田首相は「無双」状態なのだ。

かつて、就任後の早急な解散を望まれながら踏み込まず、衆院選で負けて政権を民主党に明け渡した麻生太郎元首相(現自民党副総裁)のケースもある。一方、安倍晋三元首相は第1次政権時も出だしの選挙は好調で、第2次政権では、独特の選挙眼で2度の解散を打ち、勝利をおさめた。その安倍氏を支えた菅義偉前首相は、総裁選任期や解散の時期が絡んだ政争に巻き込まれ、解散を打てないまま退陣に追い込まれた。菅氏は昨年、元法相夫妻による公選法違反事件に伴う参院広島再選挙をはじめ、4月の3つの補選と再選挙を全敗(不戦敗含む)。東京都議選でも、第1党の座こそ都民ファーストの会から奪還したが、議席数は伸びなかった。8月の地元の横浜市長選では出馬した元側近が惨敗し、菅氏の求心力も低下。まもなく退陣した。

そんな菅氏と、戦略的に対照的な岸田首相。2020年総裁選で菅氏に敗れた際は、「終わった」とまでいわれた人だ。しかし、首相に就任するや、前述の「聞く力」で大きな失態を招くことなく時に軌道修正もして(それがいいか悪いかは別として)、新型コロナ対応など批判されることも多い中、支持率も「高いと言うより、なかなか下がらない」(自民党関係者)状態が続いている。

参院選を自民党が勝利すれば、よほどの政局が起きない限り、2025年10月21日の衆院議員任期満了まで解散総選挙はない、政権にとって「黄金の3年」になるといわれる。国際情勢は緊迫しており何が起きるか分からないのは確かだが、参院選も与党勝利となれば、岸田首相は「選挙に強い」という肩書が加わり、長期政権も視野に入る。参院選の結果は、新しい「1強」を生み出す可能性もあるのだ。【中山知子】