岸田文雄首相(2023年1月24日撮影)
岸田文雄首相(2023年1月24日撮影)

LGBTなど性的少数者に対する差別発言で更迭された岸田文雄首相の元秘書官の問題で、2年近くたなざらしになっていた「LGBT理解増進法案」の行方に、再び関心が集まっている。超党派の「LGBTに関する課題を考える議員連盟」が2021年5月に法案をまとめたが、「差別は許されない」という表現が盛り込まれたことに自民党内で反対の声が出たため、党として意見をまとめられず、国会提出が見送られたままになっていた。

岸田文雄首相が法案の議論を進めるよう指示し、自民党の茂木敏充幹事長も国会提出に向けた準備を進める考えを示した。つまり、元秘書官の差別発言が起きなければ、こうした動きは起きなかった可能性が高く、法整備に積極的な国会議員は「言葉は悪いかもしれないが、いいチャンスだ」と話した。

岸田首相は8日の国会答弁で、小学校時代に過ごしたニューヨークで日本人という少数派の存在だったことに触れ、かつて自民党総裁選に合わせて出版した「岸田ビジョン」という著書の中で「LGBTを含むさまざまな方々が尊重され、活躍できる社会像について記述した」と述べ、自分は少数派に対する理解があるのだと訴えた。

ただ、自民党内で法案に対する意識の温度差が残ったままでもあり、法整備を積極的に進めるという熱は感じられなかった。岸田首相は、5月に地元広島で開かれるサミットを、議長として成功させることに強い意欲をみせているが、今回の差別発言は海外でも批判的に報じられた。法案審議の行方が、議長国としての評価につながりかねないピンチにも陥っている。

この1週間、当事者や当事者を支援する団体、LGBT議連の議員双方の主張を聞いた。現時点では、双方の主張には、大きな距離感があった。

国会議員の側が理解増進法を今後どうまとめあげていくのか、その調整のあり方をさぐる中、当事者や支援団体が求めているのは、理解増進ではなく、差別の禁止だ。団体が公表した、性的少数者に関するG7各国の主な法律状況をみると、フランス、ドイツ、英国、カナダ、米国、イタリアには差別禁止法がある(米国は公民権法及び一部州法、イタリアは性的指向による雇用差別禁止の内容)が日本にはなく、婚姻の平等が整備されていないのは日本だけだという。

岸田政権にLGBTQの人権を守る法整備を求め、記者会見したLGBT連合会など
岸田政権にLGBTQの人権を守る法整備を求め、記者会見したLGBT連合会など

また、昨年のドイツサミットで採択された首脳コミュニケには、性的少数者を差別から守るという記述があり、岸田首相も首脳の1人として同意していたことが指摘された。国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチの土井香苗日本代表は「LGBTの法整備がほとんどないのは、G7として公約してきたことに反する」として、差別禁止法などの3つの法整備を5月のサミットまでに整えるよう求めた。

一方、議連で当面協議が進むのは、あくまでも理解増進法案。これも自民党内の今後の意見集約次第では、紆余(うよ)曲折は避けられない。議連の会長代理を務める自民党の稲田朋美元防衛相は「『差別は許されない』はだめだが『あってはならない』はいいとか、差別の前に『不当な』をつければいいとか…。法的な意味は変わらないと思う。(反対派の)心配を払拭(ふっしょく)すべくやっていきたい」と、文言修正に含みを残した。ただ、立憲民主党の西村智奈美前幹事長は「差別は許さない」の文言を含んだ法案を、全政党が了承している経緯を踏まえ「(成立の可否は)自民党次第だ」と、くぎを刺した。

超党派のLGBT議連役員会であいさつする自民党の稲田朋美元防衛相(左)。右は立憲民主党の西村智奈美前幹事長(2023年2月8日撮影)
超党派のLGBT議連役員会であいさつする自民党の稲田朋美元防衛相(左)。右は立憲民主党の西村智奈美前幹事長(2023年2月8日撮影)

まさに「どうする自民党」と言われたような状態。岸田首相が「G7サミット議長国のメンツ」(野党議員)を保てるのか、自民党内の調整が鍵を握る状況になっている。

議連で法案をまとめた稲田氏は、かつて安倍晋三元首相の「秘蔵っ子」とされた人物。また「差別を許さない」の文言について、「一見良さそうに見えても人権侵害など逆の問題が出てくる」として反対の意を示した西田昌司政調会長代理も、安倍氏に近かった。「差別禁止」に慎重な保守派は、安倍派に多いとの指摘もある。「安倍派の中で解決すれば済む話」と、突き放した声もあると聞いた。

元首相秘書官の発言から動き出した法案は、成立に向けた歩み寄りに結びつくのか。しかしながら、当事者の声に応える内容には、遠い。最終的には、岸田首相の「決断力」が問われることになるのかもしれない。【中山知子】