「今年は8000億円市場だ」――。11月下旬、ふるさと納税の仲介を手がけるポータルサイト事業者らが一堂に会した業界団体の初会合。祝辞のため、都内の会場に姿を現した菅義偉前首相はそう切り出した。

ふるさと納税のポータルサイト。独自のポイント還元などでの訴求が目立つ(写真:各社ホームページより)
ふるさと納税のポータルサイト。独自のポイント還元などでの訴求が目立つ(写真:各社ホームページより)

ふるさと納税の拡大が止まらない。2008年の制度創設以来、各自治体の受け入れ寄付額の総額は右肩上がりを続け、コロナ禍でのステイホームも追い風にその勢いを増している。2021年は、過去最高を記録した2020年の6725億円を大幅に上回る見通しだ。

かつては高所得者の利用が中心だったふるさと納税は、利用者の裾野を年々広げ、今やその存在を知らない人はほとんどいない。だがその一方で、制度は多くの矛盾を抱えたまま肥大化している。

サイト間の争奪合戦が白熱

「今の制度のままなら、なくなったほうがマシ」。あるポータルサイトの運営会社の社員は、そう漏らす。この社員が心を痛めているのは、過熱するサイト間での寄付者の奪い合いだ。

ポータルサイトは、複数の自治体と契約を結び、各自治体のふるさと納税の返礼品や寄付の使い道などを掲載している。掲載自治体数やポイント還元策の内容などはサイトによって異なり、寄付金額の5~10数%を手数料収入として自治体から受け取る。要するに、寄付の一部によってポータルサイトの収益は成り立つ仕組みだ。


ポータルサイトの「ふるなび」は、米作農家とひとり親家庭を支援する取り組みを開始。「自ら襟を正す」(運営会社アイモバイルの文田康博取締役)と、社会貢献の姿勢をアピールするが・・・・・・(写真:アイモバイル)
ポータルサイトの「ふるなび」は、米作農家とひとり親家庭を支援する取り組みを開始。「自ら襟を正す」(運営会社アイモバイルの文田康博取締役)と、社会貢献の姿勢をアピールするが・・・・・・(写真:アイモバイル)

ふるさと納税を受け付けているほとんどの自治体は、何らかのポータルサイトと契約をしている。自治体の公式ホームページで直接募集する場合と比べ、さまざまな自治体とその返礼品を一覧比較できるポータルサイトのほうが集客効果も高いためだ。

市場拡大に伴いポータルサイトの数は約20にまで増え、利用者の争奪戦は年々白熱。各サイトは、寄付額に対し自社グループの電子マネーやポイントで10%近い還元をしたり、サイト名だけを連呼するようなテレビCMを繰り返したりしている。

これが一般的な商品の販売ならば大きな問題はないだろう。しかし、ふるさと納税に関しては見過ごせない事情がある。ポイント還元やCMにかかるコストの実質的なツケは、サイトの運営会社だけでなく、自治体や寄付者本人以外の第三者に回ってくるからだ。


ふるさと納税では自己負担の2000円を除き、一定の上限額(住民税の20%)までは、寄付した金額の全額が翌年の住民税から控除される。たとえば住民税を年間50万円納めている場合、10万円までの寄付額は、翌年の住民税からほぼすべて減額される。寄付者は2000円の自己負担のみで豪華な返礼品を受け取れるというわけだ。

他方で寄付者が居住する自治体では、本来入るはずの住民税が失われることになる。税収が流出した自治体に住み、ふるさと納税を利用しない人たちは、行政サービスの悪化という形で不利益を被ることにつながりかねない。

税収を失うのは、人口が多く所得水準の高い都市部の自治体が中心だ。こうした自治体からは、「真剣に流出対策を議論しているのに、あのテレビCMを見ると腹が立つ」「制度の趣旨にのっとって運営するべきポータルサイトが、キャッシュバックなどでお得をあおるのはいかがなものか」(首都圏にある複数の自治体職員)などと怨嗟の声が聞こえてくる。

ふるさと納税の制度の趣旨は「お世話になった自治体への恩返し」。本来の目的からかけ離れ、目先の集客のため"お得感"をうたった販促を打ち続ける状況に、ポータルサイトの社内ですら、前出の社員のように罪悪感にさいなまれている人は存在する。

規制の必要性にはサイトで温度差

税収が流出する自治体やふるさと納税を利用しない人の不満が一段と高まれば、2019年に返礼品競争が法改正で制限されたように、ポータルサイト側への規制措置が講じられることも考えられる。しかし規制をめぐっては、ポータルサイトの間で温度差がある。

「ふるさとチョイス」を運営するトラストバンクは、ふるさと納税の創設間もない頃から、総務省と連携して制度の普及を推進してきた。ふるさと納税経由の手数料収入が収益柱でもあり、制度そのものの存続や健全化に対する意識はひときわ高い。そのため過剰な還元策や広告に対し、業界内で規制を設けることには賛成のスタンスだ。

一方、ソフトバンクグループ傘下の「さとふる」は、「課題があれば検討する。手段の1つとして自主規制という考え方もある」(青木大介副社長)とのコメントにとどめた。「ふるなび」は、「今は制度が広く認知されることが大事。最適な制度設計とも思わないが、規制を設ける理由はない」(運営するアイモバイルの文田康博取締役)と消極的だ。


ポータルサイトが過度なPR合戦から抜け出せない背景には、利用者のコスパ重視の傾向が年々強まっていることもある。「以前は高所得者の利用が多く、制度の趣旨に賛同する使われ方も多かった。今は中所得者層の利用が増え、とにかく"お得なもの"を求める傾向が強い」。あるポータルサイトの関係者はそう指摘する。

ポータルサイト各社は表面上、「返礼品をきっかけに、その地域の魅力に気づくことができる」とふるさと納税を利用する意義を強調する。しかし一般のECサイトのように、商品ジャンル別の人気ランキングなどで返礼品を並べ、欲しいものを選ばせる仕掛けのサイトからは、そうした意図はあまり伝わらない。

実際にポータルサイトからふるさと納税を利用した寄付者は「どこの自治体かわからないが、家電や肉をもらった」(20代の男性)と話す。寄付を受け入れる自治体でも、「あくまでお礼の品として送っているのに、商品を買った客のような態度でクレームの電話をかけてくる寄付者がいる」と困惑気味に打ち明ける職員がいた。

「お得感」から脱するための見直しが急務

「お得感」ばかりが先行する、今のふるさと納税。都市部の自治体も、税収の一部を地方に還流することに異を唱えているわけではない。不満の矛先は、自分たちの利益ばかりを追求するポータルサイトやその利用者の姿勢と、それを誘引する制度設計にある。

民間企業である以上、ポータルサイト事業者が自社の集客を最大化しようとするのは当然だろう。とはいえポイント還元やテレビCMなどを「やったもん勝ち」状態の現状は、利用者のコスパ重視の志向を増幅させる負のスパイラルに陥っている。サイトの収益が何によって成り立っているかを振り返り、制度本来の趣旨に沿った最適な訴求方法を問い直すことは必要だ。


ふるさと納税によって多額の住民税が流出した世田谷区では、区の広報誌で特集号を作り、流出が与える影響や区自らが寄付を集める施策を周知した(記者撮影)
ふるさと納税によって多額の住民税が流出した世田谷区では、区の広報誌で特集号を作り、流出が与える影響や区自らが寄付を集める施策を周知した(記者撮影)

現状を打開するには、サイト側への規制だけでなく、税金の控除額自体の見直しを迫られる可能性もある。

全国20の政令指定都市の市長で構成する指定都市市長会は10月、ふるさと納税制度の見直しなどを訴えた税制改正要望事項を国に提出した。現在は所得にかかわらず住民税の20%まで控除されるため、所得が増えるほどふるさと納税を利用できる金額は青天井に伸びていく仕組みだが、「最大10万円まで」といった上限を設けることを要求している。

東京23区の特別区長会も総務相に対し、20%となっている住民税の控除割合を10%に引き下げることなどを再三求めている。

地方の自治体からすれば、ふるさと納税は工夫次第で税収を増やせる貴重な仕組みでもある。制度を存続させるためには、「得をする人」「損をする人」の断絶を生まない制度のあり方を検討すべき局面にさしかかっている。

【佐々木 亮祐 : 東洋経済 記者】