将棋の羽生善治九段(48)が、通算勝利数でトップとなった。4日、東京・千駄ケ谷「将棋会館」で行われた第60期王位戦挑戦者決定リーグ白組プレーオフで、永瀬拓矢叡王(26)を倒した。

これでデビュー以来、公式戦1434勝とし、故大山康晴十五世名人の最多勝記録を更新した。羽生は6日、同紅組勝者の木村一基九段(45)と、豊島将之王位(29)への挑戦権をかけて戦う。

大記録など忘れて、羽生は盤に集中していた。受け損ねれば終わる永瀬の強烈な攻めを、じっくり読む。棋士生活33年あまりの経験をフル稼働させて耐え、相手守備陣を崩しにかかる。「ギリギリの受けを正しく指せば」と言い聞かせ、勝利をもぎ取った。

若手の勢いを、ベテランらしさでしのぐ。現在の羽生の状況を示すような指し回しで、王位戦リーグと竜王戦1組で連敗中の難敵を下した。「達成できてうれしいです」と喜びをかみしめた。

対局前も、九段の羽生を象徴する出来事があった。先に入室して下座にいた永瀬を、「そっちに座って」と上座へと促す。現役タイトル保持者が上座という厳然たるルール。後輩に譲り、「盤外戦」もかわした。

昨年暮れ、竜王を失って27年ぶりの無冠となった。今年に入って「大山超え」の1434勝を直近の目標とした。近い目標を定めて達成するのは得意。プロ棋士養成機関「奨励会」の受験にあたり、「小学生名人になる」という条件を小6で達成した。95年に王将戦で敗れて果たせなかった7大タイトル全制覇も、6冠を防衛した上で翌年2月に王将を奪って成し遂げた。改元しても、大きな足跡をしるした。

平成時代の始まりとともにパソコンを将棋の研究にいち早く導入した。盤上に駒を並べて研究するスタイルから合理化した。棋譜をパソコンで打ち込み、戦法別に分類して検索。勝負の分かれ目となる局面での新たな指し手を分析した。その研究手順を対局で披露し、改良し、白星を重ねた。

防衛戦などで研究の時間が取れず、人工知能(AI)を活用し始めた若手の最新将棋に立ち遅れた。後輩に次々とタイトルを奪われる。「最近は非常に若くて強い人がいる状況。タイトル戦に出ることすら容易ではない」と分析する。その一方で、「やるべきことが多い。課題がたくさんあるのが前に進む原動力」と言い切る。この意識が今の羽生を支える。

大山とは晩年、何局か対戦した。「60代後半でも迫力があった。私自身、まだ及ばない」。その「昭和の史上最強棋士」は、80年の第29期王将戦に挑戦し、56歳11カ月でタイトルを奪った。以降、59歳0カ月まで2期王将を防衛した。90年2月の第15期棋王戦では66歳11カ月で挑戦という、最年長記録もある。

それに比べたら、羽生はまだ若い。王位戦の挑戦権獲得まであと1勝。「2日後の対局に集中し、ひのき舞台に出られるようにしたい」。次はタイトル100期獲得という目標がある。【赤塚辰浩】