京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオで36人が死亡し、34人が重軽傷を負った放火殺人事件は、アニメ界の未来を担う作り手たちの命を奪った。大切な人を失った家族は、悲しみを募らせ、現実と向き合い続けている。全身やけどの高度治療が終了した無職青葉真司容疑者(41=殺人容疑などで逮捕状)は、車いすに座れる程度まで回復したが、さらにリハビリが必要で逮捕の見通しは立っていない。

 ◇  ◇  ◇

犠牲になった津田幸恵さん(当時41)の父伸一さん(69)が兵庫県加古川市の自宅で静かに語った。「運転免許の更新はしないつもりなんだ」。

電気関連の設計士の伸一さんには、自宅から遠方の得意先へ出向くには車は欠かせない。自宅から約3キロのスーパーへの買い物など、日常生活でも「足」となっている。それでも来年2月の70歳の誕生日に区切りをつけようと決めた。

事件発生から5カ月が過ぎた。高速道路を運転中、突然、涙があふれ出ることがある。「ふとした瞬間に幸恵のことを思い出してしまう…」。この事件が起きるまで、運転中に涙を流したのは1度だけだった。

若いとき、亡き父ががんの宣告を受け、医師から余命を知らされた。病院の帰り道、視界がぼやけた。

「今回の幸恵の場合は、ちょっとわけが違う。私自身がどこまでどうなるか、分からない。こういう状態がいつまで続くかも分からない」

幸恵さんは子どもの頃から絵を描くのが大好きだった。約20年前にアニメの専門学校を卒業し、同社に就職すると彩色一筋。カラーコーディネーターの資格を持ち「名探偵コナン」や「クレヨンしんちゃん」といった国民的作品の作業にも携わった。

事件後、伸一さんはこれまで以上に社会的責任について考えるようになった。個人差はあるが「統計では70歳という年齢は運転する上で、身体能力が変化する境界線。車の事故は、人を巻き込むケースが多い」。人の命を奪う危険性があるなら、ハンドルを握ってはいけない。なぜ、娘の命が理不尽に突然、奪われなければいけなかったのか…。「もし事件がなければ、免許を更新していたかもしれないな」と伸一さん。

青葉容疑者に対して「どうでもええ」という気持ちは変わらない。動機を知りたいとも思わない。

最近、心にわき上がる思いがある。「どうでもええことではないのは、生きている人のこと。他人の命を奪ったことは償えない。生き残った被害者から何を奪い、それに対し何ができるかを考えてほしい」。昨年の暮れには、実家に帰ってきた幸恵さん。悲しみの年越しとなる。【松浦隆司】(おわり)

◆京都アニメーション放火殺人事件 7月18日午前10時半ごろ、「京都アニメーション」の第1スタジオから出火。建物内にいた社員70人のうち、男性14人、女性22人の計36人が死亡した。京都府警はさいたま市の青葉真司容疑者の身柄を確保。ガソリンをまいて放火したとして殺人や現住建造物等放火などの疑いで逮捕状を取った。警察庁によると、殺人事件の犠牲者数としては平成以降で最悪。

○…京アニは、現場となった京都市伏見区の第1スタジオについて年明けから解体工事を始める予定。現在は解体のために建物を囲む防音シートが設置されている。工事は来年4月下旬までかかる見込みで、跡地の利用方法は決まっていない。近所に住む男性は「建物を見るたびに事件を思い出してつらかった」と話した。