このニュースが流れた時、「わが家ではとっくに絶滅危惧種」と苦笑いした人も多かったのではないでしょうか。国際自然保護連合(IUCN)は「この50年で30%以上減少した」として、最新のレッドリストにマツタケを掲載しました。国内の生産量は30%以上減少どころか、戦前の1%以下です。どうしてこんなことに? そういえばあの救世主は? 日本各地に電話しました。【中嶋文明】
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今年は7月中から国産マツタケが出回っています。岩手県岩泉町の「まつたけマイスター」中村貞司さん(66)は「7月25日から狩り始めて、私のところだけでお盆までに40キロ採れました」と言います。もしかすると当たり年ですか? 「いやいや、京都では早松(さまつ)、岩泉では土用マツタケと呼んでいますが、梅雨時期に勘違いして出てくるマツタケです。土用が多いと、本番はあまりいいとは言えないんです」。
例年なら梅雨明けして夏になると、1度止まるものが、7月の長雨と低温で秋と勘違いしたマツタケが続出。発生が続いているそうです。「これで9月に入って30度とかの暑さが3日も続くと、高温障害が出てくるんです」。この秋もマツタケの前途は多難です。
それにしてもマツタケは秋の味覚の代表といわれながら、国産物などほとんど口にすることがなくなりました。2018年のマツタケの国内生産は56・3トン。輸入は798トンで93%が外国産です。しかし、戦前は1万2000トンを超すマツタケが採れていました。なぜ200分の1以下にまで激減したのでしょう。マツタケ生産全国トップ・長野県林業総合センターの古川仁特産部長は「里山の崩壊とマツクイ被害です」と話します。
マツタケ生産が減り始めたのは農山村の暮らしが大きく変化した1960年代です。それまでは里山のアカマツ林に入って燃料や肥料として落ち葉や枯れ枝、松ぼっくりを集めていたのが、石油、ガス、電気が普及すると、人の手が次第に入らなくなります。アカマツも、アカマツと菌根を通じて共生しているマツタケも乾いて痩せた土地が好みです。落ち葉が積もって富栄養化すると、アカマツは雑木に、マツタケは他の微生物に、負けてしまうのです。
ダメを押したのがマツクイ被害(マツ材線虫によるマツ枯れ)です。マツタケといえば、昔は広島、岡山、兵庫、京都など西日本が中心でした。広島県林業技術センターの涌嶋智技術支援部長は「昭和の終わりごろからひどくなり始めて、広島は1994年がピークです。松林が真っ赤っかになりました。線虫はDNA鑑定で米国から入ってきたことが分かっています。九州から四国、中国、近畿と広がりました」と話します。線虫にやられたマツは水を吸い上げられなくなって枯れます。マツタケが好きな、乾いた土地のマツほど被害が出たそうです。
広島に代わって長野が生産量トップになった06年以降、マツタケ生産の中心は東に移り、09年からは10年連続で長野、岩手の両県がワンツーです。これもマツクイ被害と関係しています。長野県林業総合センター育林部の柳沢賢一研究員は「長野でも標高900メートル以下では被害が拡大していますが、アカマツは標高2000メートル近くまで分布しています。標高が上がるほど被害は少ない」と話します。寒冷地ほど被害が抑えられているのです。
広島県では96年からマツクイに強い品種の植林を始めています。マツタケ発生のニュースが待たれますが「残念ながらまだ報告はありません。マツタケはデリケートで、松林ができてもすぐできるものでないんですね」と、涌嶋さんは話しています。
IUCNの認定は世界レベルで、日本だけのことではありません。輸入で4分の3を占める中国も生息地は深刻に減少しているとIUCNは指摘しています。
となると、マツタケに代わるキノコです。18年10月、1部上場の肥料メーカー多木化学(兵庫県加古川市)が「バカマツタケの人工栽培に世界で初めて成功した」と発表し、株価は3日連続でストップ高となりました。アカマツではなくコナラなどブナ科の木と共生し、発生も約1カ月早いことから、「時季外れで生えてくる場所も違う」として、バカ呼ばわり。学名も「bakamatsutake」ですが、香りは本物以上と評判です。
マツタケのレッドリスト入りが発表されると、多木化学の株価は一時750円高となりました。皆、考えることは一緒ですね。しかし、多木化学は7月31日、「栽培成績は向上しているが、生産安定性、生産コストは想定水準に達していない」と、予定していた商業販売用の生産設備の工事と21年度の事業化開始の延期を発表しました。株価は一転、一時650円安。バカマツタケはどうなっているのでしょう。
多木化学の井筒裕之経営企画部長は「期待の大きさは株価を見て承知しています。香りは本物を上回りますが、しょせんは代用品です。本物と同じ値段をいただくわけにはいきません。お客さまに受け入れられるコストにし、手に取っていただける、キノコ然とした形の美しさも必要です。野球なら打率3割で成功ですが、キノコの人工栽培はマイタケでもシメジでも打率9割何分の世界です。打率を上げるため、今は黙々と研究開発しているところです」と話しています。
◆レッドリスト 絶滅の恐れがある野生生物のリスト。IUCNは1966年から発表している。今年7月現在、絶滅危惧1A類(近絶滅種=ごく近い将来に絶滅の危険性が極めて高いもの)6811種、絶滅危惧1B類(絶滅危惧種=近い将来に絶滅の危険性が高いもの)1万1732種、絶滅危惧2類(危急種=絶滅の危険が増大している種)1万3898種。計3万2441種をリストに載せている。環境省は日本国内の生息状況をもとに91年から独自に作成し、最新版では3772種を掲載している。IUCNと環境省では評価が異なり、タンチョウはIUCNでは1B類だが、環境省は2類。マツタケも環境省の評価ではバカマツタケと同じ準絶滅危惧。
◆中嶋文明(なかじま・ふみあき)81年入社。子どものころ、秋になると、キノコ取りに行った。広葉樹の里山でマツタケはなく、ナメコやムラサキシメジが多かった。ムラサキシメジって最近、聞かなくなったと思い、図鑑を開くと「注意(生食は中毒)」。ゲッ、平気で食べてました。里山も今は荒れ放題です。