新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、10年前に出版された1冊の小説がいま、注目されている。致死率が60%に達する強毒性のインフルエンザの感染が東京で広がる「首都感染」(講談社文庫)。ウイルスの致死率こそ異なるが、1月に日本で初の感染者が出てから政府の対応や社会の動きがあまりにも酷似していると、ネット上では「予言の書」と話題になっている。著者の高嶋哲夫氏(71)にコロナとの戦いについて聞いた。【取材・構成=松浦隆司、神谷真奈】

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-小説では、総理大臣らの決断にスピード感がありました

高嶋氏 SARSなどを経験している台湾や韓国は小説よりも、もっと速かった。日本の官僚は優秀な人が多いという印象があるが、日本は経験を生かし切れない国だと思う。小説の主人公は世界保健機関(WHO)のメディカルオフィサー。政府に感染症対策の助言をする立場です。主人公の経験を生かすためには何が必要か。それは政治力。だから主人公の父が総理大臣の設定にしました。

-現実の政府の動きはどう評価しますか

高嶋氏 感染症の対策はシンプルです。3密(密閉、密集、密接)を避ける。感染者を「隔離」する。この2つで感染者数は抑えることができます。ただ徹底的にやらないとダメ。日本の専門家は数字のことばかり言って、抑えるための全体が見えていないように感じました。こういう言い方をすると批判されるかもしれないけど、私は感染者数は増えていいと思っている。ただし重症者を減らしながらです。

-この戦いはいつまで続くのでしょうか

高嶋氏 今年いっぱいである程度、かたがつくと思っている。もう慣れなきゃダメ。数字にはだまされてはいけない。国内で亡くなった方が1000人台というには、はっきり言って多くない。インフルエンザ以下です。

-小説は世界人口71億人のうち、80%の56億8000万人が感染し、その22%にあたる12億5000万人が死亡するという恐ろしい結果で終わっています

高嶋氏 20世紀になり、人間の武器となるワクチンが備わってきた。ウイルスのまん延が速くなるのと同時に医療も発達してきている。今後はもっと致死性の高いウイルスやバクテリアが出てくる可能性があるでしょうね。

◆「首都感染」(講談社文庫) 物語の舞台は20XX年、サッカーW杯が開催中の中国で致死率60%の強毒性インフルエンザが発生。中国政府は隠蔽(いんぺい)するが、観戦に訪れたサポーターが帰国すると同時に世界に拡大。世界中でパンデミックが起きる。日本政府は対策本部を設置するが、都内に感染者が発生。感染拡大防止のため、首都を封鎖する。

◆高嶋哲夫(たかしま・てつお)1949年(昭24)7月7日、岡山県生まれ。神戸市在住。慶応大学工学部修士課程修了。日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の研究員を経て、カリフォルニア大学に留学。79年、核融合研究で日本原子力学会技術賞受賞。99年「イントゥルーダー」でサントリーミステリー大賞。著書に「M8」「TSUNAMI津波」「首都崩壊」など多数。米国と中米の架空の小国からの難民問題を描いた「紅い砂」は、10月に「THE WALL」のタイトルで米国で出版予定。同小説の映画化を目指すクラウドファンディングをスタートした。