鉄道27駅のある神奈川・三浦半島には駅弁がひとつもない。快晴となった15日、地元の飲食店が連携をとって「駅では売らない駅弁」を京浜急行追浜駅のすぐ横で販売し、用意した12種約600食が1時間20分で完売し、大盛況となった。

追浜銀座通り商店会の斎藤仁克会長(47)がリーダとなって「三浦半島を盛り上げようぜ、って、10年前の東日本大震災のときから各所に声掛けして、それで昨年、じゃ駅弁がないから作っちゃえ、という流れなんです」と説明した。

昨年斎藤会長が商店会トップに就任したことをきっかけにして「駅弁半島実行委員会」が結成された。新型コロナウイルスの感染が拡大し、飲食店に「営業できない」という不安も広がってきたころだった。「テークアウトの弁当など各店でもつくりましたが、インパクトが足りない。しかも三浦半島全体を盛り上げるというような壮大な目標も達成できそうにない。駅弁なら地元の良さを食材を通して伝えることができる」と斎藤会長はコロナ禍の苦境を乗り越える切り札として駅弁企画にこだわったことを明かした。

ただし、駅弁とはいっても駅構内で売ることはできず、追浜駅前の交差点にある商業ビルの歩道の使用許可を取り、正式名称「駅ごと弁当」として販売することにした。

昨年12月5日に追浜だけで弁当2種計200個を売るところからスタートし、今年3月7日には会場を久里浜の商店街に移して4種計300食、3月27日は追浜に戻って4種300食を完売した。

久里浜で駅弁イベントを実施したときに「販売する日にちを固定した方がいいかもしれない」という話題になり、4月から毎月15日に「15の市」と銘打って弁当イベントを実施することにした。「年金支給日が15日なんです。久里浜の店主さんが教えてくれた。追浜だけのイベントでは15日の発想は出てこなかった。高齢者の胃袋をつかんで、三浦半島の老若男女に地元食材のうまさを伝えていきたい」(斎藤会長)。

3月25日から4月5日に開催を予定していた「第69回衣笠さくら祭2021」で「駅ごと弁当」を大きく宣伝して販売する予定だった。しかし、コロナの影響で衣笠さくら祭は2年連続で中止となった。来年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の舞台にもなる。衣笠からは3店舗が参加しており、ドラマでもキーマンとして登場する鎌倉時代の地元豪族三浦氏の家紋を玉子焼きに焼き付けたり、チャーシューめしの肉を馬肉にしたり、ソメイヨシノの桜の塩漬けをトッピングするなどの個性も盛り込まれている。

その他の地区の“駅弁”でも流れの速い潮で知られる走水のアジ、軟らかくて甘いと評判の久里浜のマダコ、東京湾に浮かぶ無人島の猿島でとれるネバトロが人気の海藻アマモク、相模湾側のリゾート地・佐島のシラス、さらに各所の新鮮な三浦半島の野菜がふんだんに使われている。

横須賀市だけの独特の表現ののりをご飯の中にも敷く「のりだんだん」の名称もそのまま採用している。横須賀中央駅から近い「炭火焼タイガー」では「焼肉屋さんののりだんだん」の名前にした。松井則昌店主(46)は「全国どこでも“のりだんだん”というと思っていたら横須賀だけのソウルフードだと、この駅弁企画で初めて知った。正直、驚いた。のりだんだん、クセになりますよ」と走水のノリ漁師から仕入れた深い味わいののりを指さした。

まだ、このイベントに未参加の三浦地区と逗子駅周辺でも計7店舗が「駅で売らない駅弁」に興味を示していて、さらに種類は増えていきそうだ。

舞台となる三浦半島の駅は京急線が21駅(本線8駅、久里浜線8駅、浦賀線3駅、逗子線2駅)、JR横須賀線は6駅で、実際に駅弁にするには課題は多いのだが京浜急行では「地元初の面白い企画。すぐに駅で販売はできないが注目しています」と熱視線を送る。もしかすると本当に駅弁になる日が来るかも。【寺沢卓】

◆三浦半島 東岸に東京湾、西岸に相模湾を望む神奈川県の半島。横須賀市、三浦市、逗子市の3つの自治体で構成されており、年間を通して温暖な気候で都心から京浜急行やJR横須賀線で直接移動できるリゾート地としても人気が高い。特産物としては、マグロの水揚げ基地にもなっている三崎港のマグロ、甘い春キャベツ、相模湾側では佐島のシラス、東京湾側ではやわらかいワカメなどが特産品として知られる。横須賀市の走水沖のアジは体長60センチ超が釣れた実績もある。