シカやイノシシの肉を使ったジビエ料理が身近になってきた。野生鳥獣による農作物の被害を減らすことにもつながり、ジビエの利用量は増加傾向に。鳥取県江府町の奥大山で11月上旬に、体重200キロ超、体長182センチ、胴回り141センチの巨大なイノシシが捕獲された。地元では「山の主」とも呼ばれ、全国で大きな反響を呼んだ。東京・人形町のジビエ料理店が“主”のロースを約4キロ取り寄せ、「山の主のぼたん鍋」(1人前税込み8800円)として29日から販売する。限定25食。店の会員から先行予約を行い、一般予約も受け付ける。一足先に記者も食べてみた。
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「主」のロースを取り寄せたのは、東京・人形町の「ジビエ料理 あまからくまから 東京」。96年からダイニングバーとして経営していたが、14年にジビエ専門店となった。ゆかりがあった長野の農家から、冬季限定でシカやイノシシの肉を送ってもらったことがきっかけ。客の評判がよかったことも後押しとなった。東北のツキノワグマやトドの肉など、全国のジビエ肉を扱う。スコットランドのライチョウの炭火焼きといったメニューもある。
店長の林育夫さん(57)は11月上旬に山の主のことをニュースで知った。「昔から『主』と呼ばれるほどの大きい動物は、特別な力を持っているといわれています。面白いと思った」。主を捕獲した、鳥取県江府町でジビエ肉の加工などを行っている「奥大山地美恵」にすぐに連絡し、牛肉でいう「リブロース」「サーロイン」と呼ばれる部位を約4キロ取り寄せた。「地元の方だけで食べるのかなと思ったけど、お店のことも知ってくれていて快く対応してくれた」と話した。仕入れ値は通常のイノシシの2倍だったというが「僕が東京で出すことで、何かしらの縁が生まれるんじゃないかなと思った。『御利益』じゃないけど、こういうご時世に、年末に、力を必要としている人に届けられれば良いかな」と思いを口にした。
林さんと一緒に、記者もぼたん鍋で主の肉を食べてみた。汁はコンブでだしを取り、みそベースの味付け。主の肉はもっちりと弾力があってやわらかく、ジビエ特有の臭みなどは全くない。とろけるような脂身にはうま味がぎゅっと詰まっていた。林さんは「うまい。普通は大きいと硬くなるのにこれはやわらかい。若手プロレスラーの筋肉のように張りがある」と表現した。【沢田直人】
■鳥取で捕獲「初めて見た時はクマかと思った」
巨大イノシシを捕まえたのは鳥取県江府町でジビエ肉の加工、販売を行う「奥大山地美恵」。巨大なイノシシは9日午後3時ごろ、江府町の山中で仕掛けていたわなにはまっていた。関係者が至近距離から単発のスラッグ弾で仕留め、奥大山地美恵の副会長の宇田川保さん(73)が解体を行った。
宇田川さんは「初めて見た時はクマかと思って信じられなかった」と驚いた様子。普通のイノシシは成獣で60~80キロほどの重さだが、今回のイノシシは約3倍の大きさ。ぼたん鍋にすると200~300人前分の量になるという。宇田川さんによると、包丁がイノシシの心臓に届かず困難な解体作業となったが、鮮度を保ったまま無事に処理を終えた。その後、会のメンバーで試食会を行った。メンバーからは肉の硬さに心配の声が上がっていたが、やわらかくて脂身がおいしい肉だったという。地元の道の駅などを中心に販売していく予定。
◆広がりつつあるジビエの肉 農林水産省によると、21年度の食用などとして活用するジビエの利用量は2127トンで、16年度の約1・7倍だった。シカやイノシシなど野生鳥獣の捕獲数は年々増えており、農作物の被害総額は減少している。被害総額は、10年度は239億円だったが、20年度は161億円だった。