湘南の秋を彩る囲碁のビッグイベント、「第28回湘南ひらつか囲碁まつり1000面打ち大会」が12日、神奈川県平塚市で行われた。同市は故木谷実九段が1937年(昭12)に居を構え、多くの弟子を昭和の囲碁界を代表する棋士へと育て上げた。棋聖、名人、王座、天元、本因坊、碁聖、十段の7つのタイトル獲得は一門で計146期になる。そんな名伯楽が75年に66歳で亡くなって今年で50年。門下生である大竹英雄名誉碁聖(83)、24世本因坊秀芳(石田芳夫九段=77)、小林覚九段(66)、武宮正樹九段(74)がトークショーに出演して、ファンの前で思い出を語った。

長く内弟子生活を送っていた石田は初めて本因坊を獲得した時、独立しようとしていた。57年に平塚で弟子入りして約5年、その後に木谷道場が東京・四谷に移転して約10年。ようやく抜け出せるはずだったが、「防衛してから」と独立を1年持ち越された。「遊んでしまう性格を見抜かれていた」と苦笑いする。

18歳ぐらいから石田は毎週土曜日の恒例夕食メニュー、カレーライスの調理を任された。「カレールーの味を整える役でした」と言う。武宮らは楽しみにしていたという。

育ち盛りの弟子たちの胃袋をまかなうため、ギョーザを1日に約600個も作っていた。玉ネギをみじん切りにするところから始まり、鉄鍋で1回につき40個ほど焼いた。あんを包むのだけは女性の弟子たちでやってもらっていた。

「若いし、食べるが早いから焼くのが追いつかなくて。木谷先生の奥さま(美春夫人)のお供で築地に買い出しに行って、市場の人から『何をやっている人たちですか?』と尋ねられたこともあれますよ。あのギョーザは中華料理屋に負けないくらいのおいしさです。皆さんに食べてもらいたい」と自慢していた。