綿密な準備で“天王山”を越える。上半期のグランプリ宝塚記念(G1、芝2200メートル、25日=阪神)の最終追い切りが21日、東西トレセンで行われた。調教を深掘りする「追い切りの番人」では、大阪本紙の太田尚樹記者が世界ランク1位のイクイノックス(牡4、木村)を4日の栗東入りから徹底マーク。意外にもデリケートな現役最強馬への用意周到な仕上げに注目した。

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8日(木) そもそも、なぜイクイノックスを栗東に滞在させたのか? 木村師は「われわれの中で京都と阪神の遠征は違う」と明かした。美浦からの輸送は京都が約10時間、阪神が約11時間。大差ないように思えるが、厩舎成績(表)が示す通り苦手意識を抱えていたようで「そこで悩みたくなかった」。本番の3週間も前に移動したのは、レースぶりからは想像できないほどデリケートだから。まだ環境に慣れず「いい時は前向きで隊列を引っ張っていくのが、他の馬を頼って歩いている感じ」だった。

14日(水) 前週には着けていたメンコ(耳覆い)を外し、いつも通り“素顔”で併せ馬に臨んだ。トレーナーは「より緊張感がある中で動いてもらいたかった。環境も受け入れてくれている感じ」と説明。ルメール騎手は「メンタルがすごくいい」と絶賛した。

15日(木) 馬場入り時に隊列の先頭を歩く姿を見かけた。活気もあり、着実に順応が進んでいる。

21日(水) 最終追い切りではさすがの走りを見せた。内外の併走馬に挟まれる形から、黒光りする全身を前後へ大きく収縮させた。馬なりのままCウッド6ハロン82秒4-11秒3で最先着を果たした。木村師いわく、テーマは「<1>馬の後ろでタイトな状況になってもリズムを崩さないか」「<2>ゴールに向かってエネルギーがまっすぐ前へいくか」の2点。「それは確認できた」とうなずいた。

精神面も安定してきた。栗東での生活にも徐々に対応。「日々のルーティンを理解しているというか、馬の中で不確定要素がなくなってきている。調教が終わって脱鞍して『ああ、終わった』という解放感が先々週や先週より見てとれる」。繊細な気性からくる緊張もほぐれてきたようだ。

細心の調整を積み重ねてきた陣営に油断はない。会見で指揮官は「軽々しく言葉を発するのは難しい」などと慎重な口ぶりを貫き「レース当日に馬運車に乗せるまで変化を見ていきたい」と口にした。ただ、3週間近くの取材で実感するのは、日ごとに良化していること。京都と大阪の府境にそびえる天王山も、石橋をたたいて渡るような進軍で乗り越えていきそうだ。

◆木村厩舎と阪神競馬場 木村厩舎は過去5年間の通算成績で勝率16・9%、複勝率40・3%とJRA屈指のハイアベレージを残すが、阪神では勝率7・0%、複勝率25・6%と数字を落としている。京都ではG1初制覇となる18年マイルCS(ステルヴィオ)を含め通算で重賞2勝を挙げている一方で、阪神では重賞未勝利。栗東滞在という勝負手が実るか注目される。