いよいよ、「競馬の祭典」、第92回のダービー(G1、芝2400メートル、6月1日=東京)がやってくる。
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日本ダービーとはどのようなレースか-。93年のダービーをウイニングチケットで制した柴田政人騎手は「世界のホースマンに60回のダービーを取った柴田です、と報告したいと思います」と勝利ジョッキーインタビューで名言を残した。すべてのホースマンの憧れがダービーだ。
「英国のダービーに相当する3歳馬の大レースを設け、競走体系の確立と競走馬の資質向上を図るという意図から、1930年4月に東京競馬倶楽部が発表した『東京優駿大競走編成趣意書』にのっとり、1932年4月24日にサラブレッド系3歳馬による距離2400メートルのレースを、目黒の東京競馬場で実施した。これが『東京優駿(日本ダービー)』の第1回である。第3回の1934年からは府中にある現在の東京競馬場に舞台を移して実施し、以降は距離・競馬場とも一度も変更することなく継続している。“競馬の祭典”として競馬ファンでない人も高い関心を寄せる大レースとして定着した日本ダービーは、1989年の第56回に初めて第1着本賞金が1億円を超え、1990年の第57回には総入場者数19万6517人の中央競馬レコードを記録した。なお、1995年からクラシック競走をはじめとするすべてのG1競走に地方所属馬の出走が、2001年から外国調教馬のダービー出走が可能となり、2010年からは国際競走となった」
(中央競馬G1ハンドブックより)
「本競走は、1932年にイギリスの『ダービー』に相当する3歳馬の大レースとして、東京競馬倶楽部により『東京優駿大競走』の名を冠して創設された競走。『皐月賞』、『菊花賞』と共に3歳クラシック3冠競走を構成している。1780年、第12代ダービー卿エドワード・スミス・スタンレーらにより、イギリスのエプソム競馬場で彼の名を称した3歳牡牝混合競走の『ダービー』が創設され、現在では3歳馬の頂点を決める競走として、揺るぎない地位を確立している。長い歴史を持つ前述の『ダービー』に範をとって、現在、世界各国でもダービーが行われている。サラブレッド生産を伴う競馬先進国には、必ずダービーにあたる競走があり、その
中でもヨーロッパにおける『愛ダービー』や『仏ダービー』、北米の『ケンタッキーダービー』などが国際的にも重要な競走とされている。今日では競馬の最大の祭典として、競馬ファン以外の人々にも広くその名を知られている」
(JRAホームページの特別レース名解説より)

