ついに「サイクリストの聖地」に足を踏み入れた。各地で史上最速の梅雨明けとなり、中国地方でも6月28日に平年より21日早い梅雨明けが発表。いきなりの猛暑となったその日にかねてから憧れていた「しまなみ海道サイクリングロード」を走った。計画当初は雨を心配したが、当日の天気予報は太陽マークがど~ん。逆に日焼けの心配をすることになったのだが、実は心配事はほかにもあった。


今回のコース
今回のコース

しまなみ海道サイクリングロードは日本初の海峡を横断する約70キロの自転車道で、瀬戸内海の6つの島を6つの橋と渡船で渡り広島・尾道と愛媛・今治のサイクリングターミナル「サンライズ糸山」を結んでいる。1999年に多々羅大橋、来島海峡大橋ができ全線開通した。2019年には「日本を代表し、世界に誇りうるサイクリングルート」として「ビワイチ」(琵琶湖1周)や「つくば霞ケ浦りんりんロード」とともに最初のナショナルサイクルルートにも認定。米CNNのトラベル情報サイトで「世界7大サイクリングロード」に選ばれ、フランスのミシュランガイド誌では1つ星が与えられている。


見どころ、いや走りどころは何と言っても雄大な橋。「海の上を自転車で走る」という、空中散歩しているかのような爽快感を味わうところにあるのだが、実は高所恐怖症なのだ。長い橋や崖っぷちの道は苦手というより怖い。数十年前に新婚旅行で行ったドイツのノイシュバンシュタイン城では、吊り橋からの絶景に大はしゃぎの新妻のそばで足がすくんで動けなかったという情けない過去がある。


動画で6つの橋を確認すると、大島と四国を結ぶ来島海峡大橋が最大の難関のようだった。欄干は低くて見通しが良く、距離も4キロと長い。海の遙か上を走ることを想像しただけで下半身がゾクッ。しかし、これをクリアしないと四国へ上陸できない。意を決して尾道へ乗り込んだ。


新幹線で新尾道まで輪行したが、こだましか止まらないので一気に行けず、重い自転車をかついでの乗り換えなどはつらかった。その日は尾道水道が見えるホテルに宿泊し、翌日の午前6時過ぎに出発。この日は尾道~今治を行きと帰りで多少コースを変えて往復することにしていた。走行距離は150キロ前後の予定で、のんびり走っても午後5時までには帰ってこれるはずだ。


まずは向島へ向かう。尾道から向島へは尾道大橋があるが、歩道は狭い上に橋を斜張しているワイヤーロープが専有している場所もあり現実的には走れない。交通量も多いので自転車には渡船が推奨されている。車道を走れないことはないだろうが無理することもないので、素直にそれに従いホテル近くの港から尾道渡船のフェリーに乗り込む。時刻は午前6時18分。通勤・通学の足にもなっている渡船だが、さすがにこの時間に尾道側から乗る人はおらず、貸し切りだ。自転車込みで110円の運賃は乗船後に船内で支払う。振り返ると、坂の町・尾道が一望。海を渡り、いよいよ旅の始まりだ。


渡船に乗り尾道から向島へ
渡船に乗り尾道から向島へ

渡船で海(尾道水道)を渡るという事自体にやや興奮気味になるが、向島へはあっという間に到着した。


しまなみ海道には道路上にルートを示す「ブルーライン」が引かれており、これに従って走れば迷うことなく尾道から今治まで走ることができる。距離表示はもちろん、分岐点には地図も掲示され現在位置も明記されているので、今、自分がどの橋を渡ってどの島へ行くのかも把握できる。また、ルートにはメインコースのほか、外周コースなどもあり変化に富んだライドを楽しむことができる。ナビにルートを入れていたが、まったく不要だった。


そのブルーラインに従って走り出す。細い路地を抜け、県道377号に出た付近で今治までは75キロとあった。今治駅付近までの距離だろうか。しばらく信号が多くストップアンドゴーを強いられるが、島の西端へ着くころには車の量も減ってきた。信号も消えた。結果的にこの先、信号は数カ所しかなく、赤信号で止まったのは因島と大三島でそれぞれ1回きりだった。


向島の西の海岸を南下すると、まず赤い橋が視界に飛び込んでくるが、これは向島大橋で西隣の岩子島へと続く。この橋はやり過ごし、もうしばらく海岸線を進むと右手に見えてくるのが因島大橋だ。


因島大橋(向島~因島)

▼吊り橋▼83年12月4日供用開始▼全長1270メートル▼桁下高50メートル

因島大橋
因島大橋
因島大橋へのアプローチ入口
因島大橋へのアプローチ入口
因島大橋まで1・1キロ、勾配3%を上る
因島大橋まで1・1キロ、勾配3%を上る

因島大橋は2層構造となっており、自転車、原付、歩行者は車道の下を通行する。左右に金網が張られているため視界は悪いが、高所恐怖症の身にとってはしっかりと守られている気がして心強い。1キロ以上と長い橋にもかかわらず恐怖心は涌かなかった。ただ運悪くこの橋の通過が午前7時前後で通行量の多い時間帯だった。自転車は原付と専用道を共有するのだが、道幅が狭く結構気をつかった。


しまなみ海道の6つの橋への自転車のアプローチは一般道と違い、専用道でぐるぐると回りながら上っていく。自転車専用もあれば原付と共有するケースもあるが、車がいないのは大きな安心材料だ。勾配はすべて3%と緩やかで、距離は1キロ前後。のんびり上っているといつの間にか橋についてしまう感じだった。それに加え、ほぼ山の中を走るので木陰が続いて涼しい。猛暑となったこの日はほっとする区間でもあった。


因島大橋で因島入り。次の生口橋までは約10キロで、コースは途中で外周とメインコースの内陸に分かれる。往路は内陸、復路は外周を選んだが、距離的にはあまり変わらないようだった。内陸は当然上りとなるが、勾配は3%と緩やか。


生口橋(因島~生口島)

▼斜張橋▼91年12月8日供用開始▼全長790メートル▼桁下高26メートル

生口橋
生口橋

生口橋は自転車・歩行者専用道を走る。原付と完全に分かれているので安全。欄干は低いが、橋を斜張しているワイヤーロープが専用道の外にあり、真下が見えないので「ま、いっか」という感じ。


生口島は往路は南の海岸線、復路は北の海岸線を走った。どちらも気持ちのいい道だったが、瀬戸内の絶景は南、腹を満たすには「しおまち商店街」やジェラートの有名店などがある北といったところか。ちなみにメインルートは北の海岸線。


多々羅大橋(生口島~大三島)

▼斜張橋▼99年5月1日供用開始▼全長1480メートル▼桁下高40メートル

多々羅橋近くにあるレモン谷
多々羅橋近くにあるレモン谷
レモンのベンチ。後方は多々羅大橋
レモンのベンチ。後方は多々羅大橋
21年に設置された「怪獣レモン」のオブジェ
21年に設置された「怪獣レモン」のオブジェ
多々羅橋へ続く自転車歩行者専用道路沿いの公園にもレモンのベンチ
多々羅橋へ続く自転車歩行者専用道路沿いの公園にもレモンのベンチ
多々羅橋の中央は広島と愛媛の県境
多々羅橋の中央は広島と愛媛の県境
左へ行くと「サイクリストの聖地」
左へ行くと「サイクリストの聖地」
多々羅大橋を臨む道の駅多々羅しまなみ公園内にある「サイクリストの聖地」
多々羅大橋を臨む道の駅多々羅しまなみ公園内にある「サイクリストの聖地」
多々羅大橋をバックにした「サイクリストの聖地」。左は人型のサイクルスタンド
多々羅大橋をバックにした「サイクリストの聖地」。左は人型のサイクルスタンド

生口島は国産レモン生産量が日本一。多々羅大橋のたもとの日の当たる斜面には無数のレモンの木が植えられ、「レモン谷」と呼ばれている。そこからぐるぐると回って上っていると、多々羅大橋を臨む休憩所にレモンのベンチ。そして「怪獣レモン」が現れた。「怪獣レモン」は昨年、見た目がごつごつしたレモンを怪獣に見立てて商品化した地元企業が設置したそうだ。あまりも意表を突かれたオブジェ。見た瞬間、まさに仰天したが、こりゃ「映えスポット」だね。怪獣と橋のコントラストが何ともいい。多々羅大橋の入口近くの休憩所にもレモンのベンチがあり、しおまち商店街近くの瀬戸田町観光案内所にはレモンなど柑橘のオブジェもある。


この橋も原付とは別の自転車・歩行者道を走る。だが、ワイヤーロープは自転車道と車道の間に設置されており、欄干の間から海が透けて見えてくる。本来なら海の上を走る爽快感と瀬戸内の絶景を楽しめる、本日のハイライトといった区間なのだが、海をのぞき込むたびに下半身がゾクゾク。怖いよ~。


この橋の中央は広島と四国の県境となっている、いわば写真スポット。決死の覚悟で自転車を欄干に立てかけ、大急ぎで写真を撮った。風もなく、撮影している間は誰も通らなかったのは幸いだった。ところが、この橋にはしごをかけ、そこから降りて何かの作業をしている人がいるじゃないか。欄干に腰掛けて手伝いしている人もいる。信じられん。見ているだけでゾクゾクする。いや、それを思い出し、これを書いてる今もゾクゾクしてきたぞ(^_^;


この橋の主塔の真下では手を叩くとパーンと空に向かって反響する「鳴き竜」が体験でき、そのスポットも掲示されていたが、もう一度橋の途中で止まる勇気はなく真正面を見てペダルを回し続けた。


恐怖に耐えて走り抜けた先に「サイクリストの聖地」はあった。


多々羅大橋で大三島に入り、アプローチを下っていると左手正面に道の駅多々羅しまなみ公園が見え始める。下り切った先のT字路をコースとは逆の左へ向かい、道の駅を抜けていくと多々羅大橋をバックにサイクリストの聖地碑が静かにたたずんでいた。14年10月に建立され、除幕式では「その造形は瀬戸内の島々をつなぎ未来へと運ぶ架け橋を今治市産の大島石により表現。2つの穴は自転車の車輪を、上の石は巨大な自転車のサドルを表している」と紹介されている。


平日の午前9時前とあってサイクリストの姿はなく、ようやく聖地巡礼を果たした喜びを思う存分噛みしめた。周囲には人型をしたサイクルスタンドがあり、ここでも写真を撮るのが定番のようだが、ハンドルやトップチューブにごちゃごちゃと物があるのはあまり想定していないような押さえ方だったので諦めた。


多々羅大橋から次の大三島橋までメインコースだとたった7キロ。東南の海岸線を少し走るだけだ。ただ、ここの見どころは何と言っても島の西にある「大山祇(おおやまづみ)神社」。樹齢約2600年の大楠が神木として鎮座し、本殿や拝殿などの重要文化財も多い。周囲にグルメスポットもあって立ち寄りどころなのだが、横断するか島を半周する必要があり今回は時間の関係で行けなかった。


大三島橋(大三島~伯方島)

▼アーチ橋▼79年5月13日供用開始▼全長328メートル▼桁下高26メートル

アーチ型の大三島橋
アーチ型の大三島橋
大三島橋が架かる海峡は「鼻栗瀬戸」と呼ばれる
大三島橋が架かる海峡は「鼻栗瀬戸」と呼ばれる
右手が自転車・原付道と歩行者道
右手が自転車・原付道と歩行者道

大三島橋は本州四国連絡橋の海峡部に架けられた橋としては唯一のアーチ橋。そのアプローチの途中からは花栗瀬戸が臨める。海流が時速7ノット(約12・9km)以上の速さで流れる海の難所の1つだという。


ここは原付と自転車が専用道を共有し、歩道とは白線で区切られている。距離が短いし歩道が欄干側にあるので、ほとんど怖さは感じなかった。


伯方・大島大橋(伯方島~大島)

▼伯方橋=箱桁橋、大島大橋=吊り橋▼88年1月供用開始▼全長1165メートル▼桁下高32メートル

伯方・大島大橋
伯方・大島大橋
右手が自転車・原付道と歩行者道
右手が自転車・原付道と歩行者道

伯方島に入りメインルートを進むと、西の海岸線を5キロほど走るだけで次の伯方・大島大橋が道の駅伯方S・Cパーク越しに見えてくる。この橋は伯方島と見近島とを結ぶ箱桁橋の「伯方橋」と、見近島と大島とを結ぶ吊り橋の「大島大橋」の2つからなっており、途中で見近島へ降りることができる。また、この橋が架かっている海峡は「宮窪瀬戸」と呼ばれ、ここも激流が流れる海の難所。そこにある小島の能島は村上水軍本拠地のひとつ「能島水軍」が拠点として水軍城を築いていたそうだ。橋を下った先の大島の海岸線から海を見ると、まるでそこに川があるように激しく流れている様子が肉眼でもはっきり分かった。


ここも原付と自転車が専用道を共有。大島大橋の方は欄干の外側に作業用の通路があり、海と離れているので何となく安心できた。


来島海峡大橋へは内陸ルートを選択。ここでこの日初めて「峠」が現れた。宮窪峠だ。といっても勾配は3%前後。距離も短いので峠というよりは丘といった感じか。


来島海峡大橋(大島~四国)

▼吊り橋▼99年5月1日供用開始▼全長4105メートル▼桁下高65メートル

来島海峡大橋
来島海峡大橋
サンライズ糸山にあるしまなみ海道開通記念碑
サンライズ糸山にあるしまなみ海道開通記念碑
右手でループしているのが自転車道
右手でループしているのが自転車道
来島海峡展望館から来島海峡大橋を臨む
来島海峡展望館から来島海峡大橋を臨む
四国側の来島海峡大橋入口
四国側の来島海峡大橋入口
来島海峡大橋から尾道まで69キロ
来島海峡大橋から尾道まで69キロ
来島海峡大橋からの眺め
来島海峡大橋からの眺め
大島の道の駅よしうみいきいき館から来島海峡大橋を臨む
大島の道の駅よしうみいきいき館から来島海峡大橋を臨む

さて、いよいよ4キロの来島海峡大橋にやってきた。本日のメインイベントである。入口から橋までのアプローチは勾配3%、距離1・3キロ。原付とは別の自転車・歩行者道を走る。山の中を過ぎ橋の直前まで来ると狭い自転車専用道がループ橋のようにぐるぐる回っている。「あんなとこ、走るんかい?」。このアプローチを上っているだけでもうドキドキしてきた。


ついに橋に到着。欄干の外はすぐ海で桁下は65メートルもある。これだけでも怖いのに、主塔の部分は外側を回り込むように作られており、さらに恐怖心を煽ってくる。とにかく真っ直ぐ前を向いてペダルを回す。たまに「しまなみ海道随一の雄大な風景」が気になり、そっと首を回すが、見た瞬間に下半身がゾクゾクッ。止まるともっと怖いので四国上陸を目指し、とにかく前へ進む。


橋自体はもう少し続いていたが、自転車道は手前で分かれループ橋を下っていく。思い切りほっとした瞬間。4キロ走り抜いたぞ! 初めて自転車で四国上陸を果たした事よりも、来島海峡大橋を無事渡った事の方が喜びが大きかった。


尾道を出発して約5時間。サンライズ糸山に寄った後、もう少し上って糸山展望台へ行き、階段を上ると絶景が広がった。そこから見下ろす来島海峡大橋は雄大だった。そして、高所恐怖症なのにあの橋の端っこを頑張って走ってきたのかと思うと、自分を褒めてやりたい気分になった。


ただ、あの橋をもう一度渡らなければ、尾道に帰れない(T_T) おまけに今度は海側を走らなくてはならないと思うと、気が滅入る。


ところが帰りは行きよりスピードも出せるようになり、途中で止まることもできた。恐怖心は倍増しているはずだが、慣れてきたのだろうか。成長したか(^o^) といっても、下半身のゾクゾクは相変わらずだったが。


橋を渡り終え、安心したところで大島に入ってすぐの道の駅よしうみいきいき館でランチ。今治ソウルフードの焼豚玉子飯をいただき、デザートには島いちごソースのソフトクリーム。あまりの暑さに大三島の道の駅多々羅しまなみ公園でも塩ソフトで喉を冷やした。道の駅はほかに伯方島に伯方S・Cパークがあるが、ここを通りがかった時は参院選の街頭演説が行われていたため寄れなかった。また、大島での帰路は海岸線の外周ルートを走ることにしていたのだが、暑さと満腹感のためか、よしうみいきいき館でUターンするのをすっかり忘れていたのは痛恨だった。


道の駅よしうみいきいき館の今治ご当地グルメ焼豚玉子飯
道の駅よしうみいきいき館の今治ご当地グルメ焼豚玉子飯
道の駅よしうみいきいき館の島いちごソースのソフトクリーム
道の駅よしうみいきいき館の島いちごソースのソフトクリーム

梅雨明けして猛暑となったが、空の青、海の青を楽しんだ150キロの瀬戸内・しまなみ海道ツーリング。午後5時前には帰還できたので、日の長いこの時期であればもう少し寄り道しても良かった。


向島から瀬戸内海の絶景を臨む
向島から瀬戸内海の絶景を臨む

ブルーラインが引かれメインであれ外周であれ迷うことがないほぼ平坦なコース。迷ったとしても海岸を走っていればいずれは橋にたどり着くという安心感がある。コンビニはあまり目にしなかったが、道の駅やグルメスポットが充実し、各所にサイクルラックや大量のレンタサイクルが用意されていた。トイレもあちこちで見かけた。こういった官民一体の取り組みでの環境整備に加え、自転車の通行料金無料も24年3月末まで2年間延長された。瀬戸内の絶景や海峡を渡る爽快感、さらに信号がほとんどなく車の通行量も少なく、サイクリストにとっては天国。まさに「聖地」といっていいサイクリングロードといえよう。新幹線に飛び乗って何度でも訪れたい場所だ。高所恐怖症じゃなかったらもっと楽しめるのになぁ(^_^;【石井政己】