防護板に描かれたフロイドさんのイラスト
防護板に描かれたフロイドさんのイラスト

5月25日にミネソタ州ミネアポリスで黒人男性ジョージ・フロイドさんが白人警察官によって殺害された事件から2週間以上がたちましたが、「Black Lives Matter(BLM=黒人の命は大切)」を訴える抗議デモは社会を変えるほどの大きなうねりとなり、おさまる気配はありません。新型コロナウイルス感染拡大の影響でストップしていた経済活動が再開し始めた矢先の出来事は、連日のコロナ関連ニュースや感染リスクさえも吹き飛ばしてしまうほどの衝撃でしたが、怒涛(どとう)の2週間を振り返ってみました。

略奪に備えて壁一面を板で覆ったドラッグストアの前で、次の暴動に備えて買い出しに並ぶ人たち
略奪に備えて壁一面を板で覆ったドラッグストアの前で、次の暴動に備えて買い出しに並ぶ人たち

5月30日にロサンゼルス(LA)近郊では複数の抗議デモが行われていましたが、その様子を生中継していたテレビカメラの前で暴動が起きた衝撃は今も忘れられません。ウエストハリウッドやビバリーヒルズなどこれまではデモや暴動とはまったく無縁と思われた富裕層地区でまさかこんな事件が起こるとは想像もしていませんでした。驚くことにテレビクルーの目の前で堂々と建物を破壊して店内に押し入り、次々と商品を奪って逃げる人たちは、撮影されていることを気にする様子はまったくありません。白昼に窓ガラスが割れた店に次々と人がなだれ込んでいく様は、映画の世界かと一瞬錯覚しそうになったほどです。ビバリーヒルズの高級ショッピング街ロデオ・ドライブではアレキサンダー・マックイーンで略奪が起きた他グッチも狙われ、ショッピングモール「ザ・グローブ」では百貨店ノードストロームやアップルで略奪が起き、KOBAN(交番)の名で親しまれていた案内所の建物が放火されました。また、洗練されたショップが多いフェアファックス地区やメルローズでも同様に略奪や放火が相次ぎ、夕方から深夜までテレビ画面には燃え上がる店や略奪する人々の姿が永遠に映し出されるという、2020年とは思えない光景にボウ然となりました。狙われたのは高級ブランド店ばかりではなく、スーパーマーケットやリカーストア、大型量販店も襲撃され、普段よく行く店や車で通るなじみの場所で起きたことに心底驚き、そして恐怖も感じました。

州兵が至るところで警備にあたる厳戒態勢となったハリウッド
州兵が至るところで警備にあたる厳戒態勢となったハリウッド

翌31日になると、抗議デモはサンタモニカへと場所を移して再び大勢の人が「フロイドさんの死に正義を!」と訴えながら街を練り歩いていましたが、平和的だった抗議デモも数時間後には便乗するかのように外からやってきた人たちによって再び略奪や暴動へと発展してしまいました。多くの店で略奪が起こり、火もつけられるなど大きな被害が出ましたが、この日は前日とは違ってデモに参加していた何人かの人たちが自分たちの体を盾に両手を広げて略奪しようとする人たちの前に立ちはだかり、破壊行為を防ごうとする姿がありました。「暴力をやめてPeaceful(平和的)に抗議しよう」という思いがテレビ画面からも伝わってきます。その数時間前に前日暴動が起きた現場を訪れた際にも、同様のことを感じる場面がありました。店が被害に遭って途方に暮れる人たちの姿と共に、そこにはほうきとちりとりやゴミ袋、落書きされたペイントを落とすための道具を手にした大勢のボランティアが清掃を手伝う姿がありました。壁の落書きを消す高校生や家族連れでやってくる人、店の片付けをしている店主らに慰めの声をかける人、水や食べ物を差し入れする人…そこはとても温かい空気で満ちていました。「破壊行為は良くないが、抗議の声を上げることは理解できる」と話す人が多く、誰もがフロイドさんの死はおかしいと思い、そして平和的な解決を望んでいるのだと感じました。

壁の落書きを消すボランティアたち
壁の落書きを消すボランティアたち

その後も抗議デモは連日続いていますが、派遣された州兵や警察官らが平和的に抗議をしていた人々にゴム弾や催涙スプレーを投げ付けたり、夜間外出禁止令違反で数千人が逮捕されたり、報道陣が警察官から暴行を受けるなどいくつかのトラブルがあったものの、大きな暴動には発展せず、抗議活動は全般的に平和的な雰囲気の中で行われるようになりました。日に日に非暴力で抗議をしようと訴える人たちが増える中、警察官もそれに寄り添うように暴力や人種差別への抗議のポーズとして知られる片膝をつく姿勢を取る場面も見られるようになりました。

抗議デモは市内各地で連日行われています
抗議デモは市内各地で連日行われています
抗議デモには子供連れの姿も多く見られます
抗議デモには子供連れの姿も多く見られます
LA市長宅前で行われたデモが終わって引き揚げる大勢の警察官たち
LA市長宅前で行われたデモが終わって引き揚げる大勢の警察官たち

暴動が起きて以降、街の様子も様変わりしました。暴動が起きていない地域でもおよそ2カ月ぶりに営業を再開したばかりの店を再び閉め、「次に狙われるのはうちかもしれない」と略奪を防ぐために木の板で窓ガラスや入口を塞ぎ、繁華街が再びゴーストタウンとなりました。個人商店のみならずスーパーや銀行までもが壁一面を板で覆うというこれまで見たことのない光景が目の前に広がっていました。そして、コロナ禍でこれまで家に閉じこもっていた人たちが、何かに突き動かされたかのようにソーシャルディスタンスも感染リスクも関係ないとばかりにデモに参加し、7日にハリウッドで行われた抗議デモには5万人が集まったと地元テレビは伝えています。「BLM」「正義なくして平和なし」「我々は平等だ」などと書かれたプラカードを手にした人で埋め尽くされたハリウッド通りの光景を伝えながら、「デモに参加した人は全員検査を受けるように」「2週間の自主隔離をするように」と呼びかけるキャスターもいましたが、コロナの恐怖さえも吹っ飛ばすほどのエネルギーで社会全体がまさに変わろうとしているのだと感じる瞬間でした。

ディズニー所有の映画館も板で覆われています
ディズニー所有の映画館も板で覆われています
ハリウッドセレブ御用達の日本食レストランKATSUYAの前でも連日デモが行われ、店には防護板が
ハリウッドセレブ御用達の日本食レストランKATSUYAの前でも連日デモが行われ、店には防護板が
「略奪しないで」と防護板に書かれたメッセージ
「略奪しないで」と防護板に書かれたメッセージ

コロナ禍で起きた今回の暴動は、長きにわたる人種差別問題や貧富の差、格差社会などさまざまな問題が複雑に絡み合っていますが、一部略奪者たちは明らかに「金持ち」をターゲットにしていたともいわれています。そこで思い出すのは、20数年前の留学時代に社会学の授業で人種差別について学んだ時のことです。生徒たちがそれぞれ意見や体験談などを語り合う場面である黒人男性が、「ビバリーヒルズで白人の女の子とドライブをしていたらパトカーに車を止められ、女性に車から降りて自分から離れるよう求めて警察官は女性が誘拐や暴行を受けていないか確認をしていた。白人社会のビバリーヒルズでは黒人が白人女性と一緒にいるだけで誘拐を疑われるんだ」と話していました。28年前のLA暴動が起きた数年後だったこともあり、ニュースを通じて人種差別について知ってはいたものの、現実にそんなことがあるのだと衝撃を受けたことを鮮明に覚えています。コロナによるロックダウンで多くの失業者が出る中、不満やうっぷんがたまっていたことも要因の1つではあるでしょうが、この話のような出来事は黒人にとっては日常茶飯事で、常に身の危険を感じながら暮らしていたことが改めて浮き彫りとなった出来事だったように感じます。

暴動に備えて大きなコンテナで道路がふさがれているウエストハリウッド
暴動に備えて大きなコンテナで道路がふさがれているウエストハリウッド

一連の抗議デモを見ていると、これまで何度も繰り返されてきた悲劇を終わらせて、今こそ変わらなければいけないという大きなエネルギーの渦が感じられます。「沈黙は暴力だ」という言葉を口にする人もおり、特にこれまで人種差別にあまり積極的に関心を示してこなかった白人層も今回は声をあげています。ハリウッドセレブや映画スタジオをも巻き込んで、大きなムーブメントとなっている「BLM」は、もしかするとフロイドさんの事件をきっかけに本当に何かが変わるかもしれない、そんな空気を感じています。

(米ロサンゼルスから千歳香奈子。ニッカンスポーツ・コム「ラララ西海岸」、写真も)