7日午前にここロサンゼルス(LA)西部の高級住宅地パシフィックパリセーズで発生した山火事から1週間が経過しましたが、鎮火の見通しは立っておらず、現在少なくともLA近郊4カ所で延焼が続いています。日本でも焼け野原と化した現地の惨状が報じられていますが、現地では今後15日にかけて再び風が強まり、火の勢いが増す恐れがあり、他の場所でも山火事が発生する危険性があるとして警戒が呼びかけられています。
最初に火災が発生したパシフィックパリセーズは、海沿いの高台にあるセレブも多く住む美しい住宅地でしたが、暴風にあおられた炎は街を丸ごとのみ込み5300棟を超える建物が焼失したと伝えられています。筆者の自宅は、火災現場まで車で20分程度の距離で、火災発生後にはベランダから遠くの山に炎と煙が上がっているのが目視できました。幸いに自宅のある地域は避難指示も避難勧告も出ておらず、停電の被害もなかったことから、24時間体制で現状を伝える地元テレビ局のニュースを見ながら自宅にとどまっていました。
ただ風はものすごく強く、愛犬の用足しのために少しだけ外に出ると立っているのがやっとの状況。吹き飛ばされそうになるほどの強風に驚きながらも周囲を見渡すと、ヤシの木の枝や折れた木の枝などが散乱し、ゴミがあちらこちらで舞っているような状態で、顔を合わせたアパートの管理人に「上からいろいろな物が落ちてくるから外は危険だよ」と忠告を受け、早々に建物に避難。この日の夜には、ベランダの外から真っ赤に燃える山が見え、テレビで伝えられる恐ろしい映像に現実とは思えない気持ちでいっぱいのまま一夜を過ごしました。
その後は、ダウンタウン北東部のイートン地区やハリウッドヒルズなど複数の場所で山火事が発生し、LAは大混乱に陥ります。翌8日夕方に今度はハリウッドのすぐ目の前の丘ハリウッドヒルズが燃え始めたと速報が流れた時には、誰もが言葉にならずニュースを伝えるキャスターですらため息が漏れ、無言になる場面もあったほど。一時は、ハリウッドを象徴するハリウッドサインやチャイニーズ・シアター、アカデミー賞の授賞式会場など観光名所にまで火の手が迫る勢いで、このままハリウッドまで炎に包まれたらどうなるのだろうと誰もが言葉にならない不安を覚えていました。奇跡的に「サンセット火災」と名づけられたこの火災は建物の被害を出さずに鎮火しました。
筆者の直接の友人・知人の中で家を失ったという報告はないものの、「避難をしている」「避難勧告のギリギリ外のエリアにいる」「3日間停電したまま」などの経験をした人は少なくなく、誰かと話すたびに「友人の家が燃えた」「同僚が家を失った」という会話になり、身近でも本当にたくさんの人が被災していることが実感できます。
火災発生から数日間は、朝の日課の散歩に出ると朝日に照らされた煙が不気味なオレンジ色をしていてこの世の終わりのような気持ちを味わったことも印象的でした。火災現場からは17キロほど離れているものの煙のにおいがひどく、白い粉のような灰も舞っており、まるでコロナ禍に戻ったかのように外を歩く人の多くがマスクを着用しています。
風が収まって少し状況が落ち着いた週末、LAの街をドライブしてみました。被災地からは離れている高級住宅地ビバリーヒルズでは普段よりも車は少ないと感じたものの、そこまで緊迫した状況は感じられませんでした。ただ、高級ブランド店が並ぶロデオ・ドライブは人通りは少なく、歩いているのは観光客とみられる人が多い印象で、営業をしていない店も多くありました。
その後一部エリアで避難指示が出ているパシフィックパリセーズの南側に隣接するサンタモニカに向かうと、週末だというのに人は少なく、閑散としています。営業している飲食店もいくつかありましたが、外に並べられた椅子やテーブルには灰がうっすらと積もっており、店内で食事をする人はいたものの屋外で食事をしている人はほとんどいませんでした。また、普段なら週末のランチタイムとあれば長蛇のドライブスルー渋滞ができているドジャースの大谷翔平投手も大好きなハンバーガー、インアンドアウトにも並んでいる車は数台しかおらず、街全体で人出が少ないことがうかがえました。
サンタモニカからパシフィックパリセーズへと続く道路はすべて封鎖されており、入口には州兵がバリケードを作って侵入を防いでいました。避難している住民たちがチェックポイントで避難区域に入るために並んでいる様子なども見られました。その後、現在避難勧告が出ている内陸の高級住宅地ブレントウッドに向かって車を走らせると、停電によって信号が動いていない箇所や交通整理する警察官から迂回を促されるなど、通行止めの道もたくさんあり、地面には強風で折れた木がそのまま放置されているような箇所もいくつかありました。ブレントウッドの一部は今後の強風で被害リスクが高いエリアのため、現在避難指示が出ており、丘の上にあるゲッティ美術館も火災の脅威にさらされています。
被災地以外でもゴーストタウンのような雰囲気となっているLAですが、避難を免れた住民たちは次の暴風に備えて避難の準備に追われていたり、自宅を守るために庭の枯れた草木を伐採したり、支援を必要とする人たちのために物資を寄付したり、自宅を被災した友人や知人に開放するなどして過ごしています。筆者がまわった街でもいくつかの小売店やカフェで、衣類や子どもの玩具、ペットフードやオムツなどの必需品の寄付を受け付けており、たくさんの人が箱や袋いっぱいの物資を持って訪れていました。
また、被害の大きかったイートン地区近郊のサンタアニタパーク競馬場の駐車場も被災者支援のために開放され、たくさんの食料や物資が運ばれている様子が報じられています。飲食店やフードトラックなどが被災者に無償で食事を提供したり、ホテルの部屋を開放するなど支援の動きも広まっています。被害の全貌が把握できるまでまだまだ時間がかかりそうですが、復興に向けて確実に動きだしています。(米ロサンゼルスから千歳香奈子。ニッカンスポーツ・コム「ラララ西海岸」)










