兵庫県から岡山県にかけての山陽本線を海側で補完するように走る赤穂線。観光地としても有名な播州赤穂駅を中心とする路線は戦後生まれで山陽本線のバイパス線として建設された。忠臣蔵はもちろん、岡山県から兵庫県に引っ越した駅、ユニークな駅名など見どころも多い。山陽本線の優等列車が、ほぼ消滅した今は静かな地方交通線となっているが、青春18きっぷの季節はバイパス線としての機能を復活させる。前後編に分けてお伝えします。(以前撮影した写真も含まれています)
赤穂線の起点は山陽本線との分岐駅である相生だが、スタートは播州赤穂からにしよう(写真1)。
冷静に見ると「赤穂」は難読地名である。だが読めない人は日本にほとんどいないだろう。失礼な言い方になるかもしれないが、人口約5万人の都市で、この事実はすごい。電車の運行は姫路方面から播州赤穂までは昼間30分に1本だが、その先、長船までは1時間に1本。車両も平成車から昭和車になるなど待遇に差が出る。
赤穂線は山陽本線のバイパス線として戦前に計画され、戦時中の工事中断を経て戦後間もなくの1951年に相生~播州赤穂が開通した。この区間がまず優先されたのは赤穂が重要観光地であると同時に赤穂の塩の存在だ。国鉄の線路が直接赤穂市に乗り入れた影響は大きく、先に山陽本線の有年駅から赤穂に伸びていた赤穂鉄道は赤穂線開通と同時に廃線。岡山を目指して網干まで線路を伸ばしていた山陽電鉄も延伸を断念。兵庫県内のみの鉄道会社にもかかわらず「山陽」の名前が残ったのは有名な話だ。
播州赤穂のお隣は天和駅(写真2、3)。
マージャンをする人にとっては、こたえられない駅名。あがった人がどのぐらいいるのか分からないが、私は当然ない。ただ残念ながら(?)「てんわ」と読む。「テンホー」ではないので念のため。もとの地名「鷆和」が難しいため簡単な文字となったそうだが駅前の表示は鷆和である(写真4)。
そのお隣が兵庫県最後の駅、備前福河(写真5、6)。「あれ?」と思う方も多いかもしれない。兵庫県赤穂市にもかかわらず駅名は岡山を表す備前なのだ。実はこちらの駅が設置された1955年の時点では岡山県だったが、住民の強い要望で63年に兵庫県に編入された。そのあたりの事情が駅に掲示してあり、地元の皆さんの熱意が感じられる(写真7)。
ちなみに以前の岡山県福河村は岡山県と兵庫県に分かれてしまい、その福河村は「福浦」と「寒河」の集落名を合わせたもので、先に設置されたのが福浦駅ではなく備前福河駅だったため、後からできたお隣の駅が寒河駅(写真8、9)になったという、1回読んだだけでは分からない、ややこしい経緯がある。その寒河駅はもちろん岡山県。もうひとつ加えると備前福河駅付近の電力会社は今も中国電力だという。
さて赤穂線が全線開業したのは62年のこと。東海道新幹線の開業(64年)前夜で新大阪以西の特急、急行が走るバイパス線として期待されたが、全線電化は69年と遅れ、間もなく山陽新幹線が岡山まで開業(72年)したため、それほど多くの優等列車は走らなかった。やがて山陽新幹線が博多まで延伸されると山陽本線からも優等列車は姿を消し、ローカル線として静かな時間を過ごすことになった。
だが年間の約4カ月は、それなりににぎわう路線となる。青春18きっぷのシーズンだ。昨年8月8日の「おじさんも使える『青春18きっぷ』」の記事で相生ダッシュに触れ、回避策として赤穂線が有効だと書いたが、少し時間に余裕を持てば、実に効果的なのだ。
相生ダッシュとは姫路方面から山陽本線で岡山へと向かう際、相生で起きる現象だ。姫路からやって来た電車は、朝夕の一部電車以外は、基本的に赤穂線経由の播州赤穂が終点で赤穂線が本線のような扱いを受けている(写真10)。
需要面などで播州赤穂までのコースが優遇されているのだろう。このため山陽本線を進むには相生での乗り換えを強いられるが、ここから短い編成が多くなるため座席を求めて乗り換え客が殺到する。これが相生ダッシュだ。(写真11、12)
それに対し赤穂線内はふだんより乗客は多いものの座席には余裕がある。岡山へは播州赤穂での乗り換えが必ず発生するが、この経路で座れなかったことは少なくとも私はない。もっとも今回は赤穂線に特化した旅なので、ここからは岡山県の駅を巡ることにする。【高木茂久】