静岡県富士市のJR東海道本線吉原駅から同市内の岳南江尾駅までを結ぶ岳南電車はわずか9・2キロをトコトコ走るローカル私鉄。主力だった貨物輸送はなくなったものの、工場の中を行く車窓に加え、ユニークな駅と車両そして企画で頑張って運行を続けている。何度訪れても楽しい路線の「全駅利用」をしてみようと現地に出向いた。まずは前編です。(訪問は9月13日)

岳南電車の起点は吉原駅。JR、岳南電車そしてJR貨物の駅である。JR貨物の駅というのが岳南電車にとってのポイント。JRからはホームから直接行ける連絡橋が便利だが、今回はJRの改札口を1度出て外からアプローチしてみる(写真1~3)。初めて訪れる人は戸惑ってしまうかもしれない細い道路を行くと岳南電車の吉原駅だ。

〈1〉JRの吉原駅
〈1〉JRの吉原駅
〈2〉細い道を岳南電車吉原駅へと向かう
〈2〉細い道を岳南電車吉原駅へと向かう
〈3〉岳南電車の吉原駅
〈3〉岳南電車の吉原駅

全駅が富士市にある岳南電車。ということは日本人なら誰もが憧憬(しょうけい)の富士山のふもとにある。そして親切なことに各駅のホームに富士山ビュースポットが設けられていて方向が分かるようになっている。早速、足を置いて…って、この日はときおり雨も降るという曇天で残念ながら雄大な姿は拝めず(写真4~6)。3年前の10月に来た時も降ったりやんだりで富士山は見られなかった。氷見線からの立山連峰もそうなのだが、どうも日ごろの行いに問題があるようだ(写真7)。

〈4〉富士山ビュースポットへの案内
〈4〉富士山ビュースポットへの案内
〈5〉吉原駅の富士山ビュースポット
〈5〉吉原駅の富士山ビュースポット
〈6〉この日は天気が悪く富士山は見られなかった
〈6〉この日は天気が悪く富士山は見られなかった
〈7〉かつて京王井の頭線で活躍した車両で吉原を出発
〈7〉かつて京王井の頭線で活躍した車両で吉原を出発

1駅目のジヤトコ前で下車。15年前に「日産前」から現駅名に。名の通り駅前はジヤトコの工場がある(写真8、9)。実は私も訪れるまで勘違いしていたのだが「ジャトコ」ではなく「ジヤトコ」である。ただし駅名標の英語表記は「JATCO」。読めば「ジャトコ」になってしまうのだが、もとは「ジャトコ」という会社名が、外国の方が「ゃ」という仮名を理解しにくいという理由で大きな「ヤ」になったいきさつがあるという。ちなみにパソコンで「じゃとこまえ」で変換すると、きっちり正解が出てくる。もちろんこちらのホームにも富士山ビュースポットがあり、立ってみると…もうええって。富士山については今日は完全にギブアップである(写真10)。

〈8〉ジヤトコ前駅の駅名標
〈8〉ジヤトコ前駅の駅名標
〈9〉ジヤトコ前に駅舎はなくスロープからホームに入る形になっている
〈9〉ジヤトコ前に駅舎はなくスロープからホームに入る形になっている
〈10〉ジヤトコ前にも富士山ビュースポットはあるが、この日は縁がなかった
〈10〉ジヤトコ前にも富士山ビュースポットはあるが、この日は縁がなかった

このジヤトコ前から吉原本町を経て本吉原あたりまでが旧吉原市の中心地で駅間も近い。そもそも9・2キロの間に10駅があるのだから駅間は近いのだが、このあたりはグッと詰まっている。規模の大きい商店街を経て吉原本町まで歩く(写真11)。そして、ここからは時刻表を見ながら効率よく全駅訪問に入る。1時間に1~2本のダイヤなので困難はない。吉原駅で購入した1日乗車券が効力を発揮する(写真12)。720円。吉原~岳南江尾の最長区間の片道運賃が370円なので、かなりお得である。

〈11〉旧吉原市の中心街の駅となる吉原本町
〈11〉旧吉原市の中心街の駅となる吉原本町
〈12〉岳南電車の1日フリー乗車券
〈12〉岳南電車の1日フリー乗車券

岳南電車の設立は戦後間もない1948年12月。戦前からの日産工場への引き込み線を利用、延伸する形で工事が始まり翌年に吉原本町までが開業。徐々に延伸して53年に全線開業となった。宿場町として栄えた吉原の中心街への鉄道がなかったことも敷設の理由だが、スタートが工場への引き込み線だったことにもあるように沿線に工場が多いことも大きな理由。特に製紙工場が多く、全盛期は各工場への引き込み線から貨物列車が吉原駅を経てJR(国鉄)の線路を走っていった。吉原が貨物駅なのはそんなゆえんだ。

しかし8年前の12年、JR貨物が同地区における貨物輸送を運休。大きな収益の柱を失ったことで存廃問題にも発展したが、その後も旅客輸送のみで頑張っている。数々のユニークな企画も特徴のひとつだ。

〈13〉重厚な駅舎が残る岳南原田駅
〈13〉重厚な駅舎が残る岳南原田駅

吉原本町から電車に乗って下車したのは岳南原田(写真13)。かつては貨物駅としての重要駅で引き込み線など多くの足跡が残る。そして年季を感じる駅舎。駅名標の文字の字体はなんというのだろう。岳南電車によると「老朽化しているので台風など自然災害で被害を受けた場合は取り換えの対象となります」とのことなので、今のうちに見ておくことをおすすめする(写真14、15)。

〈14〉かつては貨物の重要駅だった岳南原田には多くの引き込み線跡が残る
〈14〉かつては貨物の重要駅だった岳南原田には多くの引き込み線跡が残る
〈15〉独特の字体の駅名標は貴重な存在
〈15〉独特の字体の駅名標は貴重な存在
〈16〉岳南電車の各駅に設置されている運行状況表示付きの自販機
〈16〉岳南電車の各駅に設置されている運行状況表示付きの自販機

そしてここでふと目に入ったのが清涼飲料水の自販機。缶コーヒーを買った際、よく見ると電車の運行状況が表示されている(写真16)。その後、各駅を回る度に注目すると同じ自販機がある。これも大変気になったので尋ねてみると、数年前に設置され、全線の運行状況のほか、駅ごとの状況も表示できるようになっているすぐれものだという。1駅訪れる度に発見がある岳南電車。どんどん進んで行こう。【高木茂久】