福井県を走る越美北線は越前大野駅を境に九頭竜湖駅までの運行本数が激減する。9月の時点では半減で、1日わずか4・5往復。ということは福井~越前大野も1日9往復と決して多くはないが、駅巡り鉄オタが考えるのは「4・5往復の駅で降りてみたい」にほかならない。バスの運行もほとんどない、この超閑散区間に入っていったが、予想もしなかったアクシデントが待っていた。(訪問は9月19日)

越美北線は愛称を九頭竜線という。前夜は同名の日本酒を一杯。明けて2日目は天候に恵まれた。福井駅からスタートは、やはりバスである(笑い)。福井の始発は6時3分の越前大野行きだが、行き詰まりが分かっていた。しかし次が3時間後の9時8分では遅すぎる。8時過ぎのバスで向かうのは一乗谷の朝倉資料館前。織田信長に滅ぼされるまで朝倉氏の都だった一乗谷は、もちろん観光地。バス停も立派。越美北線の一乗谷駅も近くにある。(写真1、2)

〈1〉福井の夜で地元の酒を一杯
〈1〉福井の夜で地元の酒を一杯
〈2〉一乗寺駅に近い朝倉資料館前のバス停
〈2〉一乗寺駅に近い朝倉資料館前のバス停

って、田んぼの向こうに見えるのは、どう見ても当路線ならではの簡易駅。有名観光地の駅には見えない。ということで越美北線トリビアである。(写真3、4)

〈3〉田んぼの向こうに簡素な駅がある
〈3〉田んぼの向こうに簡素な駅がある
〈4〉一乗谷は棒状ホームに待合室だけの駅
〈4〉一乗谷は棒状ホームに待合室だけの駅

<1>北線があるなら南線もある 越美北線は未成線。岐阜県の美濃太田(高山本線)から郡上八幡、美濃白鳥を経て現在の九頭竜湖駅に接続する越美線として計画された。「越」は越前、「美」は美濃である。工事は岐阜側から始まり、昭和初期に現在の北濃まで到達。福井側は戦後10年以上が経過した1960年に勝原まで開業。72年に九頭竜湖まで延伸されたが工事はそこで終わっている。越美南線は国鉄末期に第3セクター長良川鉄道に移管されたため、線路がつながることはおそらくない。以前あった代行バスは廃止されて久しい。

<2>福井県唯一の非電化路線 県内にはJRが3線(北陸本線、小浜線、越美北線)と私鉄が2線(えちぜん鉄道、福井鉄道)あるが当線以外はすべて電化されている。間もなく北陸新幹線が加わるが言うまでもなく電車が走る。

<3>都市部のみの運行 盲腸線となっているため、JR3路線の中で唯一、県内で完結している。車窓には田園と川の風景が広がるが、自治体合併もあり、線路は福井市と大野市のみを走る。

<4>駅数が多い 私鉄からスタートして国鉄となった路線は駅数が多い傾向にあるが、開業時から国鉄だった割には起点の越前花堂も含めると約52キロで22もの駅がある。またJR(国鉄)では私鉄時代から持ち越した駅名以外は国内に同じ駅名を作らないのが原則のため、頭に「越前」が付く駅が9つもある。

話を一乗谷に戻そう。駅構造は有名観光地とは思えない越美北線ならではの簡素な構造でホームで、列車を待っていると、やって来た観光客グループが「ここにホンマに(列車が)来るの?」などと話していたほど。これはあくまで私の推測だが、本格的な朝倉氏の遺跡調査が始まり観光地と化したのは越美北線開通のかなり後だったからではないか。しかも朝倉館には駅から徒歩で20~30分もかかる。週末はバスの本数も増えるようで一乗谷観光は福井駅からもバスが多く利用されているようである。(写真5、6)

〈5〉一乗谷のホームから建設中の朝倉氏遺跡博物館が見える
〈5〉一乗谷のホームから建設中の朝倉氏遺跡博物館が見える
〈6〉週末限定で遺跡内を巡るバスが頻発している
〈6〉週末限定で遺跡内を巡るバスが頻発している

一乗谷ホームに入ってきたのはキハ120の2両編成。越前大野で切り離され、1両がそのまま九頭竜湖へ、もう1両は折り返しの福井行きとなるが(10月から廃止)、かなりのお客さんで2両で座席確保が困難なほどだ。越前大野は大野市の中心駅。かつては管理駅で路線内で唯一、JRの駅員さんがいる駅である。そして列車はいよいよ1日4・5往復区間に入る。(写真7~11)

〈7〉立派な駅舎を持つ越前大野
〈7〉立派な駅舎を持つ越前大野
〈8〉越前大野は駅員配置駅でみどりの窓口もある
〈8〉越前大野は駅員配置駅でみどりの窓口もある
〈9〉駅構内に安全祈願の鐘がある
〈9〉駅構内に安全祈願の鐘がある
〈10〉鐘とともに古いホーロー駅名板が保存されていた
〈10〉鐘とともに古いホーロー駅名板が保存されていた
〈11〉2両編成で越前大野までやって来て1両は福井行きとなって折り返す
〈11〉2両編成で越前大野までやって来て1両は福井行きとなって折り返す

実は越美北線最大のトリビアがここから。

<5>スタフ閉塞(へいそく) 鉄道では列車衝突を避けるために閉塞区間が設けられ、その区間はひとつの列車しか入れないことになっている。現在は全国ほとんどで自動閉塞のシステムが採用されているが、途中にすれ違いもない上、運行が少なく行き止まりの終点となっている越前大野~九頭竜湖は最も原始的な通行票がないと走れないスタフ閉塞区間。JRのみならず私鉄でも少ない貴重な通行票が見られる。

30分ほど揺られて九頭竜湖のひとつ手前である越前下山で降りる。九頭竜湖は以前降りたことがあるので今回はパス。今回、最も降りたかった駅だが、かなりの乗車客の中で降りたのは当然のように私だけ。勝原以降の延伸区間約10キロは技術の進歩から高規格路線となっていて川沿いをクネクネ走る光景が一転、ズドンとトンネルで貫いているが途中にある唯一の駅。盛り土式の高台にあって両サイドはトンネルだ。名所案内の裏側が渋すぎる。ふもとに登山届やガイド地図があったが実はこの時は何も知らなかった。(写真12~15)

〈12〉盛り土の高台にある越前下山
〈12〉盛り土の高台にある越前下山
〈13〉越前下山の駅名標と字体に目が行く名所案内
〈13〉越前下山の駅名標と字体に目が行く名所案内
〈14〉名所案内の裏は古い駅名標のようだった
〈14〉名所案内の裏は古い駅名標のようだった
〈15〉駅のふもとにあった登山マップ
〈15〉駅のふもとにあった登山マップ

九頭竜湖から折り返してきた列車で下唯野で降りる。もちろん私1人の下車。大野越前~九頭竜湖間は駅が6つ。基本的にバスはないのでお隣の越前富田まで約30分歩く。後からできたと思われる道路の高架橋のふもとにあるユニークな構造。もう1駅歩くつもりなので自販機で購入した飲料でひと休みしていると、思わぬトラブル。スマホが急に真っ暗になったのだ。(写真16~19)

〈16〉下唯野駅のホーム
〈16〉下唯野駅のホーム
〈17〉下唯野を去っていくキハ120
〈17〉下唯野を去っていくキハ120
〈18〉越前富田駅は高架道のふもとにある
〈18〉越前富田駅は高架道のふもとにある
〈19〉越前富田駅の駅名標
〈19〉越前富田駅の駅名標

パニックである。1時間ほど格闘した(列車は3時間近くない)が回復しない。困った。翌日から山陰方面に向かう予定(11月18、25日の記事)で早朝の出発。今日のうちに何とかしないと明日からスマホなし旅となってしまう。福井まで行けば携帯ショップはあるだろうが、現在の時刻は正午すぎとはいえ、列車本数が少なく店舗の場所も営業時間も分からない状況下で福井到着は夕方になってしまう。困った。

しかしバッグの奥底に入れていた予備機に救われる。調べると大野市内にも携帯ショップはあり、車で約10分らしい。この距離なら大きな出費にならないだろう。タクシー会社を調べて呼び、1770円で到着。無事に復旧した。トラブルは高校生なら瞬時に解決できるかもしれないレベルだった(汗)が、勉強になったのは予備機の必要性。今も駅近くには公衆電話ボックスが置かれていることが多いが、電話帳さえないことがほとんど。つまり110番や119番など緊急用なのである。今回の私のようなケースだと役に立たない。鉄道趣味に限ったことではなく、地方に出かける機会が多い方は、ぜひ予備機を。

さてスマホは復活したが旅程は完全に崩壊。帰るだけになってしまった。越前大野駅は歩くと遠そうで、またタクシーかと思いきやショップの方に「北大野駅なら歩いて10分ほどです」と教えてもらった。何から何まで本当にお世話になりました。てくてく歩いて分かったのは越前大野と北大野の間あたりが大野市の中心部だということ。さらに言うとタクシーの運転手さんに越前下山駅の地図にあった荒島岳登山は愛好家の方で知らない人はないほど有名なコースだということも聞いた。トラブルはあったが、役に立つことも多かった。(写真20、21)

〈20〉駐車場が整っている北大野
〈20〉駐車場が整っている北大野
〈21〉北大野のホーム
〈21〉北大野のホーム

パーク&ライドの駐車場が完備されている北大野から越前花堂(はなんどう)で降りる。こちらは北陸本線も走っているので福井までの列車本数を気にする必要はない。ただし、もともとは越美北線の駅しかないところに北陸本線の駅を設置したという経緯があって駅の所属は越美北線となっている。越美北線と北陸本線のホーム間に北陸新幹線の高架ができていて、以前来た時と雰囲気が違っていた。鳥居型の駅名標を見ながら越美北線の旅はこれで終わりとするが、スマホのトラブルで消化不良になった分のリベンジは必要である。【高木茂久】(写真22~24)

〈22〉越前花堂の駅舎。背後にあるのは北陸新幹線の高架
〈22〉越前花堂の駅舎。背後にあるのは北陸新幹線の高架
〈23〉越美北線のホームは北陸本線と少し離れたところにある
〈23〉越美北線のホームは北陸本線と少し離れたところにある
〈24〉越美北線ホームにある鳥居型の駅名標
〈24〉越美北線ホームにある鳥居型の駅名標