「人工弁はいやー!」と声を発したことで、70代のD男さんは主治医の紹介状を持って私の元に来られました。心臓弁膜症の1つ「僧帽弁閉鎖不全症」と紹介状に書かれてありました。必要な検査をして、私はD男さんの僧帽弁閉鎖不全症を「自己心膜を使用した弁形成術」で手術可能と判断しました。

 実は心臓にある4つの弁のうち、僧帽弁と大動脈弁の2つで、心臓弁膜症の手術の約97%を占めています。その僧帽弁の手術は、極めて難しい症例もあります。透析患者さんの場合、僧帽弁のみならず、僧帽弁の根元の弁輪という外周部分も石灰化して、硬くガチガチになっているので、手術の難易度は極めて高いのです。さらに、人工弁置換も難しくなります。

 D男さんの僧帽弁も弁輪も、まったく同じ石灰化状態になっていました。もちろん、そのようなケースでも多く手術をしていますので、私としては問題なく手術を始めました。

 石灰化した弁輪を削って石灰を取り除き、患者さんの心臓を包んでいる心膜を使って弁輪を補填(ほてん)し、弁輪の形も調整しました。加えて、僧帽弁は2枚の葉っぱのような弁尖(べんせん)でできています。その弁尖がかなり短くなっていたので、ここも心膜を使って弁尖を大きくしました。

 手術は計画通りにうまくいきました。D男さんは一般病棟に戻ってから、私が様子を見に行くと、次のように話してくれました。「この年になって、薬漬けにはなりたくなかったのです。先生、ありがとうございました」。患者さんの喜びの声は、何度聞いてもうれしいものです。(取材・構成=医学ジャーナリスト松井宏夫)