よくかんで食べると脳の満腹中枢が刺激され、食べすぎを防いでくれるという話は多くの人がご存じかと思います。

肥満の一因には血糖値の乱高下があるとされていますが、しっかりかむことは血糖値の急激な上昇を防ぐ効果もありますから一石二鳥です。口でかみこなしたものは胃に送られ、胃酸で溶かされた後に腸で吸収されます。大きな塊と小さな塊、どちらが胃腸に負担をかけないかは明白ですが、消化吸収が良くなると下痢や便秘といった不調が改善されるだけでなく、疲れが回復しやすくなるということはあまり知られていません。

人間が消費するエネルギーは基礎代謝(体を維持するために、安静にしていても消費されるエネルギー)が60~70%、生活活動代謝(実際に体を動かすことで消費されるエネルギー)が20~30%、残りの10%が食事誘発性熱産生(食べたものを消化吸収されるエネルギー)です。

エネルギー補給のために食事をしているのに、その1割が食事で消費されているとは意外ですね。このように、消化吸収は多くのエネルギーを使う大仕事。早食いは胃腸の負担を増やし、その疲れは全身にも及びます。

仕事が不規則で食事が就寝前になってしまうという方は、太りやすくなるだけでなく、寝ても疲れが取れないという現象に陥りやすくなります。就寝中も胃腸が働き続けるため、本来やるべき全身の疲労回復までの余力がなくなってしまうのです。

東洋医学でも、消化不良の「食滞」は背中の凝りに現れるといわれているそうです。歯科治療を経てしっかりかむようになった後、体重が減少しただけでなく肩凝りが解消したとうれしそうに話してくださった患者さんがいましたが、こうしたエピソードを聞く度に、毎日を快適に過ごすための鍵は口にあるのだと実感します。

◆照山裕子(てるやま・ゆうこ)日本大学歯学部卒。同大学大学院歯学研究科を経て東京医科歯科大学歯学部付属病院勤務。テレビやラジオでのわかりやすい解説が評判となり、雑誌のコラムや日刊スポーツでの連載を担当。文筆家としての活動も積極的に行う。現在は東京医科歯科大学非常勤講師、日本アンチエイジング歯科学会理事、複数の歯科クリニックで診療。