この1年、取材などを通じて新規にお会いした方々の特徴が全く記憶に残っていないことに気づきました。マスク着用の日常が当たり前になり、会食はおろか、「顔全体」を拝見する時間などほとんどないに等しいのですから当然です。

マスクは感染防御の点では重要な役割を持つアイテムと言えますが、一方でその弊害も問題視されています。中でも注意したいのが、口周りの筋肉が衰えることで生じる口腔(こうくう)機能の低下です。喜怒哀楽をつかさどる表情筋だけでなく、口腔周囲筋は咀嚼(そしゃく)や嚥下(えんげ)といった動作の要です。

1800年代にドイツの解剖学者ウィルヘルム・ルーが提唱した「ルーの法則」によると、「身体(筋肉)の機能は適度に使うと発達し、使わなければ萎縮する」とあります。筋肉が動くと血流がスムーズになり、新陳代謝を活発にするだけでなく、余分な脂肪をエネルギーとして消費する作用も期待できるのです。

近年は体を鍛えることへの関心が高くなり、筋トレ目当てにスポーツクラブに通う人や、家庭で手軽に体験できる運動器具などの需要も増えています。ところが、なぜか表情筋のトレーニングについては、美容やアンチエイジングに興味を持つ層にしか響かないというのが現状でした。

整髪の際に受けるヘッドマッサージ後の心地よさをイメージするとわかりやすいかと思いますが、顔の筋肉は頭や首と地続きでつながっています。眼精疲労や肩こりといった症状も、血行の悪さを改善すると楽になります。

会話を慎まなければならない環境では口を動かす機会が減り、刺激で分泌される唾液量も低下します。口元が弛緩(しかん)することにより、口で呼吸する習慣がついてしまうのも困りものです。意識的に口を鍛えるトレーニングは、マスク生活におけるマストと心得ましょう。

◆照山裕子(てるやま・ゆうこ)日本大学歯学部卒。同大学大学院歯学研究科を経て東京医科歯科大学歯学部付属病院勤務。テレビやラジオでのわかりやすい解説が評判となり、雑誌のコラムや日刊スポーツでの連載を担当。文筆家としての活動も積極的に行う。現在は東京医科歯科大学非常勤講師、日本アンチエイジング歯科学会理事、複数の歯科クリニックで診療。