各界の著名人が侍ジャパンにエールを送る「侍を語ろう」。三井淳平さん(35)は、ブロック玩具のレゴ社から認定された日本人初のプロビルダーだ。小さなパーツを組み合わせ、壮大かつ緻密な作品を作り上げる過程は、野球のチーム作りと似ているのでは? レゴ大好きな6歳児を息子に持つ記者が、都内にある三井さんのスタジオを訪ねた。
スタジオにお邪魔すると、思わずため息が出た。数百万ものパーツが形状、色ごとに整然と収められている。ここから、三井さんの作品は生み出されていく。
三井さんは、中学野球部で2番セカンド。プロ野球界との関わりでは、21年に日本ハムの依頼を受け、エスコンフィールド北海道を350分の1サイズ、5万ピースで製作した。左右非対称な開閉式屋根など、新球場の感じが見事に捉えられていた。作品作りの特徴の1つは、パソコンを使わないこと。現在、世界のプロビルダーは三井さんを含め22人だが「使う人の方が圧倒的に多いです」。少数派を貫く理由を聞いた。
「どのパーツを使えば一番、対象の特徴を出せるのかは、パソコンによる設計とは相性が悪いところがあります。パソコンは四角いブロックを大量に使うような作品には相性がいいのですが、私の作品は細かくディテールを出すので」
ブロックを積む向きを微妙に変えたり、「車のハンドル」といった特殊形状のパーツを本来のハンドルとしてではなく、異なる使い方をしたりすることでも特徴を表す。そんな作品作りは、資料写真を基に全体像を把握するところから始まる。スケッチを1枚描き、作業開始。戦艦大和、国会議事堂、ピサの斜塔、金閣寺、エッフェル塔。誰もが一目で「あれだ」と分かる作品の設計図は、三井さんの頭の中だけにある。
最初から詰めておく部分と、実際に作業しながら詰めていく部分がある。何もかも当初の計算通りにはいかない。それって野球のチーム作りに通じるのでは?
「あるかも知れませんね。人は調子の波があるし瞬発的なタイミングの良さもあると思う。そこがはまった時の化学反応というか今までにないポテンシャルを引き出せる時があるのでは」
生きた人間の組み合わせであるチーム作りも当初の構想に固執したら、うまくいかない。選手の状態を見極め、対応を変える必要はある。ここで、三井さんがパソコンを使わない、もう1つの理由が興味深い。
「“偶然の面白さ”を大事にしています。偶然の部分を残しておくことで、パソコンの設計で工程通り進める形ではできなかったところに行ける可能性が出てくる。飛び地みたいな形で、偶然の瞬発力が出る」
そう言って示したポリ袋には、色も形もバラバラなパーツが詰められていた。作業がしっくりこない時、その袋をガサガサあさり、パッと取り出したパーツから新たな発想が出ることがあるという。偶然の出会いを見逃さない。
「化学や工学でいう、セレンディピティです」
セレンディピティとは、思いがけないものを発見する能力のこと。木から落ちるリンゴの実を見逃さなかったニュートンのように。代表のチーム作りも、偶然から新たな発想が生まれるかも知れない。その点、大谷翔平をプロでも二刀流に導いた栗山監督なら期待大。日系メジャー選手など、既に新しい代表の形を見せてくれている。常識にとらわれない自由な発想ともいえる。そういえば、私も息子とレゴで遊んでいると柔軟さに驚かされる。そのパーツを、そう使うかと。大人は左右対称に組みがちだ。
「前例がない子どもはランダム性が高い。子どもの良さですね。一方で、それだけだと技術は磨けない。ワークショップでは、基本の技術を上げるようにしてます。技術を積み重ねて初めて、ランダムさも生かせる。野球もそうかも知れません。ちゃんとしたバッティング、ピッチングができる人がそろって初めて、イレギュラーな大谷選手との化学反応が生まれる」
基本が大事。そして、イレギュラーを見逃さない。そうすれば、これまでにないチームが生まれる。
「トップ同士の選手たちが組み合わさると一体、何が起きるんだろうと、すごくワクワクします。すごい化学反応を見たいですね」
レゴプロビルダーからのエールだ。【古川真弥】
◆三井淳平(みつい・じゅんぺい)1987年(昭62)4月11日生まれ。兵庫・明石市出身。幼少時からレゴで遊び、中学時からオリジナル作品に挑戦。灘高3年時「TVチャンピオン」のレゴブロック選手権準優勝。東大工学部で材料工学を学び、レゴ部創設。11年7月に日本人初のプロビルダーに認定。東大大学院修士課程修了後、鉄鋼メーカー勤務。現在は退職し、レゴ製作に専念している。






