「イチローが悲しんだりして」。中野拓夢にそんな声をかけたのは先日のこと。すぐ意味を理解した中野は笑いながら「直接、知り合いではないですし…」。そして「今回、チャンスがあったんでね」と続けた。
虎党には説明するまでもない背番号変更の話だ。このオフ、阪神では背番号を変える選手が多い。その中でも大きな話題は中野がこれまでの「51」から「7」になることだろう。
冒頭の話には少し伏線がある。数年前、中野がもう1本でサイクル安打を逃したとき。同じ「51」を背負い、日米レジェンドとなったイチローについて、こんな話をした。
「イチローでも(サイクルは)記録してないからね。オリックス時代にあと1本で…というのは2回ぐらい見た。同じ背番号やけどイチローのことは好きだったのかな?」。それに対し、中野はこう答えた。
「好きかなって。野球やっててキラいな人、いますか? イチローさんを」。ばかなことを聞くな…とばかり笑ったのだ。だからこそ「51」を背負い、阪神の主力となった中野の背番号変更は感慨深い。
知る人もいるだろうが、イチローにも今回と同じ「51→7」へと背番号を変更する可能性があった。94年、210安打でブレークしたイチローに、内々でオリックス球団は「7」への変更を持ちかけている。これも野球ファンには説明不要の、阪急OBで「世界の盗塁王」福本豊がつけていた栄光の背番号だ。
俊足好打の左打者ということから、その打診となったようだがイチローは丁寧に辞退している。自身が下積みから脚光を浴びて「せっかく51番で覚えてもらったのに」という思いが強かったからだ。
福本が阪神でコーチしていたとき、これについて聞いたことがある。「そうやで。(球団には)着けたらエエやん、言うたよ。結局、着けへんかったけどな。それはそれでエエやん。別にどっちでもこだわりないよ」。いかにも…という調子で教えてくれた。
「7」は中野にとってはWBCで着けた番号だ。同時に「入団当初から1桁に憧れていた」という話も球団関係者から聞いた。この日、年俸3億円(推定)となったことが示すように、もうチームにとって欠かせない存在だ。着けるも着けないもそれぞれの考えである。自分の信じた道を行けばいい。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)




