青森勢同士の対決は青森山田(3位)が八戸学院光星(1位)を下し初優勝、来春のセンバツ出場(11年ぶり2度目)を確実にした。エース堀岡隼人(2年)が3安打完封。打線は11安打、守備は無失策でもり立てた。OBの兜森崇朗監督(36)は96年の決勝で光星に敗れ、センバツは落選。指導者として19年ぶりのリベンジを果たした。青森山田は神宮大会(11月13日開幕、神宮球場)に東北代表として出場する。
青森山田が完勝Vを飾った。野手の間をしぶとく抜くヒットで得点を重ねた。堀岡は2回に2死満塁のピンチを切り抜けると、以降は球威が増し、光星打線につけいるスキを与えなかった。最後は1死一、二塁で一直併殺に仕留め、劇的な幕切れ。前日の準決勝に続いて全校応援の右翼席から大歓声がとどろいた。
その瞬間、兜森監督が泣いた。「抑えようとしたが個人的に思い入れのある試合。感極まってしまった」。96年秋の東北大会で光星と初の決勝青森対決。当時エースだった兜森監督は1回戦から5連投で、13安打を浴び3-6で敗れた。センバツには光星と4強の平工(福島)が選ばれ、青森山田は落選した。
19年前の秋と今年の秋、因縁はついてまわった。県大会準決勝で光星に敗退し第3代表を死守。東北大会は1回戦からで、しかも開幕試合。みな同じだった。組み合わせ抽選会でクジを引いた内山昂思主将(2年)は「みんな現実になってきて『また光星との決勝になるんじゃないか』と言っていました」。
前日のミーティングで兜森監督の口から初めて19年前の経験が語られた。「あのつらい思いが私の野球指導者の原点になっている。『勝っても負けても一生の思い出になる試合。自分たちのいいところを全部出そう』と言いました。選手たちは、よくそれをやってくれた」と感謝する。結末だけ、歴史は繰り返さなかった。
青森山田は今夏、優勝候補に挙げられながら4回戦で黒石商に敗退。兜森監督が就任してわずか2カ月で東北王者、そして青森山田にとって09年夏以来の甲子園を確実にした。堀岡は「県大会では光星に失投で決定打を打たれた。今日は低めに集めることができた」と声を弾ませた。19年前とこの秋、監督とナインの二重のリベンジを果たし、新生青森山田が新しい歴史の扉を開いた。【北村宏平】
◆兜森崇朗(かぶともり・たかあき)1979年(昭54)7月26日、青森市生まれ。筒井中3年の時、エースで全国中学大会出場。青森山田高では3年夏の青森大会決勝でも光星学院に敗退、甲子園を逃した。青森大を経て青森山田中高教員。高校野球部の副部長、コーチを8年務め、04~09年夏6連覇に貢献。12年から青森山田リトルシニア(中学)監督として全国大会ベスト4などに導いた。

