早大・小宮山悟監督(54)が金田正一氏を悼んだ。90年にロッテでプロ入りした時の監督。プロとして教えを受けたという。「プロとして、いろいろ教わりました。切りがないです」と言葉を絞り出した。まず驚かされたのは、鹿児島キャンプの食事。テーブルに乗りきらないほどの皿が並んだ。「プロってすげえなあ、と。貧乏な大学生からプロになったわけですから。びっくりしました」。

金田監督の教えは「うちの食事は12球団一だ。栄養、睡眠を取って、自分で自分の体をいたわれ」だった。ピンと来なかったが、後々、大事なことだと理解した。ちなみに、食事会場からすぐ席を立つとカミナリが飛んだ。「みんな我慢して待機してました」。

理不尽に思うこともあったという。「なかなか納得できないことも。でも、見方を変えれば正しいんだと。感謝してます」。周囲が心配することがあった。5回2死まで投げながら、前田(幸長)に交代させられ、その前田が勝利投手になった。あとアウト1つで権利を奪われた。金田監督のコメントは「前田を育てないといけない」。小宮山は監督とうまくいってないのでは…。違った。「自分はしっかりした投球ができると判断された。何とも思ってなかったですね」。

2年目の91年には開幕投手(西武戦)に指名されたが、2回もたず7失点KO。「監督がローテを変えて、すぐ投げさせてくれました。自分も投手だったから、やられたのを引きずるのはよくないと思ってくれたのでしょう」。中4日で日本ハム戦に先発し、1失点完投勝利で応えた。

400勝投手として知られる。が、小宮山監督は「298敗がすごい。超える人は誰も出てこない大記録。298試合も投げないで引退する人もいるんですから」と、畏敬の念を込めて言った。【古川真弥】