日刊スポーツの名物編集委員、寺尾博和が幅広く語るコラム「寺尾で候」を随時お届けします。

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東日本大震災から13年が経過した。直後から復興支援しているのが関西でスポーツ専門の大体大(大阪府泉南郡熊取町)だ。11年10月から、福島県南相馬市のNPO法人とも連携し、学生らで復興支援する「サンライズキャンプ」を毎年実施している。

“力持ち”ばかりの大学ではないが、「体育大学だからこそできる」支援活動を続行。東北で仮設住宅でのサロン活動、高齢者の体力を測定する「お元気度チェック」、子供らと地域とのスポーツ交流会なども行ってきた。

大学が東日本から毎年組織だって災害ボランティア活動を継続しているのは珍しいケースだ。全国的に小・中学校現場は、体育の専門家の数が少なくなっている。未来の指導者が、被災地と向き合う経験は、今後の社会に羽ばたいた後の人生にも生きるはずだ。

大体大は3月に入ってから、能登半島地震が発生した石川県にも学生を派遣した。今回の災害ボランティア活動には、硬式野球、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボール、バスケットボール、ライフセービング各部から、約40人が参加した。

大型バスで移動した羽咋市を拠点とし、七尾市、志賀町で活動を行った。メディアからは復旧が進んでいることが伝えられるが、現実は遠い道程という。学生たちは、全壊した住宅、いまだ断水が続く温泉地、津波にあった沿岸部の被害状況に絶句したという。

東日本大震災から「サンライズキャンプ」をまとめる大体大社会貢献センター樋口幸代は「テレビ、新聞で状況は把握しているつもりでしたが、やはり現場に足を運んでみないとわからないことが多い。悲惨な状況を目の当たりにすると、いかに“普通”であることが幸せかを実感します」と語った。

元3段跳び世界記録保持者、1932年ロサンゼルス五輪銅メダル、64年東京五輪選手団長・強化本部長で、地元金沢市出身の初代副学長・大島鎌吉(故人)も、あの世から社会貢献による産業界とのつながりをもつ学生を誇らしげに見守っているはずだ。

災害ボランティア活動メンバー代表で野球部の中村龍一(4年)は「少しでも早く日常が戻り、被災地の方々が勇気と希望を持ってもらえるように」と家財道具の搬出などに精を出した。学長の原田宗彦は「大学の誇り。ボランティアの経験が人生の大きな糧になることを祈っています」とねぎらった。

大震災は「平成」の阪神淡路、東日本、「令和」の能登半島と、時代が変わっても、突如として起きることを証明した。学生たちは復興支援を通して多くの“学び”を得た。人と人のつながり、家族や友人との絆、そしてスポーツがもつ力を改めて考え直す日になった。(敬称略)