日本人最年長の現役プロレスラー、グレート小鹿が、4月28日の新潟プロレスの東区プラザホール大会で同団体の初代タッグ王座を獲得した。

この日は、77歳の喜寿の誕生日。8組が参加したトーナメントで、1日3試合のハードスケジュールをこなし、ベルトを巻いた。昨年8月の新潟無差別級王座に続き、王座獲得の最年長記録を更新した。

小鹿は、往年の名レスラーが集まる記念イベントだけでなく、会長を務める大日本や、他団体のリングにも上がり現役を貫いている。喜寿を迎えた今年は、メジャー団体の全日本に対し、ベルト獲得を宣言し、全面抗争を仕掛けるなど、プロレスへの情熱は衰えを知らない。

「私はね、どんな大会でも、リングに上がったら一番目立ってやろうと思っているんだよ。ガッハッハ」。小鹿はこの精神で、観客を引きつける。70年代に米国で活躍して以来、ずっとプロレスでは悪役。年を取って、体力は衰えた。機敏な動きで若手に太刀打ちできなくても、顔面かきむしりの反則から、スキをみての丸め込みで、勝利を得ることもある。その貪欲な姿勢は、若いレスラーの手本にもなっている。

特に、年齢が近いレスラーに対しては対抗意識を燃やす。「私のライバルは、1歳年上のドリー・ファンク・ジュニアとその弟のテリー・ファンク・ジュニア。あの2人より長くプロレスをやって、ギネスブックに載ることだよ」という。

最近は、往年の名レスラーたちの訃報が届く度に、小鹿のコメントを取ることが多い。私が電話をすると「今度は、誰が亡くなったの?」とジョーク交じりの言葉が返ってくる。「昔の仲間たちが、1人1人、いなくなるっていうのは、寂しいものだよ」といいつつ、小鹿は年をとるにつれ元気になるようだ。「こんな年寄りが、リングに上がって元気にプロレスをやっている。私は、まだまだ頑張って、同世代の人たちに勇気を与えたいと思っているんですよ」。力道山門下の数少ない生き残りの1人で、昭和プロレスの生き証人は、平成、令和と3時代にわたりリングで独特の光を放ち続ける。【桝田朗】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)