この原稿を書いている時間に世界戦が行われていたはず、なのに。

WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ。11月3日にスーパー王者京口紘人(26=ワタナベ)と同級10位タノンサック・シムシー(20=タイ)戦がインテックス大阪で予定された。しかし、試合前日に王者を含めた陣営に新型コロナウイルス感染症の陽性反応が出た。前代未聞、試合前日の開催中止となった。

ボクサーは2度、厳しい戦いがある。減量を乗り越えて計量を終えるまで、そしてリング上での戦い。厳しい体重制の中、身を削って削って臨む計量は最大の戦いとも言われる。その戦いをクリアし、さあ-という段階でコロナの陽性。計量を一発クリアした両者の心情をおもんばかる。

ワタナベジムの深町マネジャーは王者を「すごい落ち込みようでした」と語る。計量を終えた後、リクエストされたオムライスをホテルの部屋に運んだのが最後。その後に「中止」が伝えられ、「その後に何か食べたのか。減量で小さくなった体。その上にショックな状況が続き、体の面で心配です」と語る。

挑戦者タノンサックも涙した。来日してから2週間、完全隔離で孤独な調整を行ってきた。用意された部屋にトレーナーを招くこともできず、ミット打ちなど基本的な練習もできない。シャドーや自転車こぎなど、できる限り孤独な練習で体重を調整し、初の世界戦に備えてきた。

日本でのマネジメント契約を結ぶグリーンツダの本石会長によると「ものすごい落ち込んでいた」。その理由を極貧の家庭環境と明かし、「世界王者のベルトの名誉、そしてお金をもたらすつもりだった。家族のことを思い、涙していた」と本石会長は明かす。

コロナ禍。王者、挑戦者ともに落ち度があったわけではなく、試合は中止となった。日本ボクシングコミッション(JBC)の安河内事務局長が「難しい」と話した通り、ボクシング興行を開催する難しさを露呈する顕著な例となった。

楽しみにしていたファンは申し訳ない。それ以上に減量に挑み、打ち勝った両選手の心情を思う。コロナ、本当に憎い。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

WBA世界ライトフライ級タイトルマッチの前日計量を終えて水分補給するスーパー王者の京口(撮影・清水貴仁)
WBA世界ライトフライ級タイトルマッチの前日計量を終えて水分補給するスーパー王者の京口(撮影・清水貴仁)