15歳で初土俵を踏んだのは83年名古屋場所だった。父親は元関脇小城ノ花。普通、入門のきっかけはそこだと思うが、違う。「父には反対されました。『お前には無理だ』と」。出羽海親方(元前頭小城ノ花)は懐かしそうに振り返った。
家は「勉強しないと相撲取りにさせるぞ」が合言葉。相撲経験はなかった。4月には野球を続けようと高校にも進学していた。だが、入学直後に腰を痛めたことで「2つ上のいとこが力士で前に話も聞いていて、ふと、やってみようと」。父を懸命に説き伏せた。
幕下と十両昇進も名古屋。そこで同時だったのが同い年の龍興山だった。部屋でともに稽古し、寝るのも隣の戦友。さらに3場所後の新入幕も同時と、まるでドラマだった。だが、その場所後の平成2年2月2日。22歳で突然、亡くなった。「信じられなかった」。
だから、弟子の体に人一倍、気を配る。「病気は気に掛けて、すぐ病院に行かせる。あんなことだけは避けたいですから」。名門部屋11代目師匠は穏やかな顔で力説した。
名古屋場所担当部長に就いた。実は引退も名古屋。「何か縁がありますね」。気配りの、熱い7月を迎える。【今村健人】
◆出羽海昭和(でわのうみ・あきかず)元前頭小城ノ花。本名・小岩井昭和。1967年(昭42)11月18日、千葉県市川市生まれ。83年名古屋初土俵、90年初新入幕。最高位は東前頭2枚目。98年名古屋で引退し、00年7月に父の定年で年寄「高崎」襲名。14年2月「出羽海」継承。中立親方(元小結小城錦)は実弟。


