酒屋の息子です。40年ほど前、中学生のころからお中元、お歳暮の季節には手伝いで店に出たり、軽トラの助手席に乗って配達にも出てました。

「いらっしゃいませ」「毎度おおきに」「またよろしくお願いします」。おやじも、おふくろも何かにつけて腰を折って頭を下げる。それをまねてたけど、時には頭に来るお客さんもおって、あいさつもそこそこにブーたれた顔をすると、きまってしかられた。

「おまえな、お客さんやぞ。お金払ってウチのもんを買ってくれるねんぞ」

三波春夫さんやないけど「お客様は神様です」を知らん間にたたき込まれてた気がします。

夏場所の千秋楽は騒がしかった。場所の締めくくりやし、振り返りと、来場所に向けての抱負を聞きたいから、それだけでもバタバタする。加えてトランプさんが来たりしたもんやから、いつもと段取りがちょっと違ったりして、妙にテンポが悪かった。

しかしまあ、それは内輪の話です。なんと言っても「国賓」「米国大統領」やから、取組の進行とかに少々影響があっても仕方ない。一緒に来た安倍首相が入場時に笑顔で手を振ってたんは政治宣伝みたいでどうか、と思ったけど、トランプさんの米国大統領杯授与、「アサノヤマ、ヒデッキ」「レイワーワン」は確かに盛り上がった。興行的にも見せ場でした。そんな“狂騒曲”の中で、とても気になったことがあります。中入り前、幕内力士土俵入りを多くのファンが見れんかったことです。

ちょうど支度部屋にいました。テレビ画面を見たら、国技館の入り口から隣のJR両国駅方面へ、まだ長蛇の列ができとった。気温は30度超。季節外れの猛暑の中ですわ。「あの人ら、土俵入りを見れんがな」。米国大統領が来るから、入場時のセキュリティーチェックがけた違いに厳重になって、時間がかかった影響でしょうが、来場客への事前告知はそれほどなかったように思う。

満員御礼続きのプラチナチケットを必死に入手した人もおるやろうに。地方から出てきて、最初で最後になるかもしれん人もおるやろうに。もし、自分が客やったらどうやろう。「お金、返してもらえるんでしょ?」と入り口で嫌みの1つも口をついたんやないか。

日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)は、トランプさんと安倍首相の観戦に対して「光栄の至り」などとする談話を発表しました。相撲を広める使命を持つ公益財団法人のトップとしては、当然のことでしょう。ただ、もうひと言欲しかった。お客さんに「ご不便をおかけして、申し訳ありませんでした」と。それさえあれば、スッキリしたんですが。【加藤裕一】