本来なら、今頃は愛知県内を移動していたはずだった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、春場所後に実施予定だった春巡業は延期、中止に。3月29日の三重・伊勢神宮を皮切りに、力士らは関西、東海、中部、関東へと行脚するはずだったが、巡業は力士とファンとの距離が非常に近い。サインや握手、記念撮影はいわゆる濃厚接触に該当する。延期、中止はこの状況なのでやむを得ないが、年に1度、何十年に1度の機会を逸した全国の相撲ファンがふびんでならない。

話題性に富んだ開催地の勧進元も残念がる。初場所で史上2度目の幕尻優勝を果たした徳勝龍の出身県、奈良・桜井市では春巡業2日目の3月29日に開催予定だった。

担当者によると、もともと売れ行きは好調だった上に“徳勝龍フィーバー”でチケットは98%完売していたという。当日の内容には徳勝龍に初優勝を祝した記念品を贈呈する計画もあっただけに、担当者は「本当に残念です」と肩を落としてた。

巡業は毎年のように開催している場所もある一方で、初開催や久方ぶりの開催となる場所も多かった。5日に愛知・蒲郡市で予定していた「大相撲蒲郡場所」は“若貴ブーム”に沸いた93年以来、27年ぶりの開催のはずだった。同市は第51代横綱玉の海の出身地で「玉の海横綱昇進50周年追善興行」として開催される特別な内容だった。

70年に25歳で横綱に昇進した玉の海は、27歳の若さでこの世を去った悲運の力士として知られる。担当者によると、開催日の直前には現役時代ライバルだった相撲解説者の北の富士勝昭氏(元横綱)を招いたトークショーを行い、当日も幕内力士の土俵入り後に玉の海の遺影と焼香台を設置する予定だった。「(そのときの現役)横綱と大関、同じ片男波部屋の片男波親方(元関脇玉春日)に焼香をしてもらうはずでした。遺影も玉の海関が非常にいい笑顔を見せている写真だったので、ぜひ見てもらいたかったんですが…」と担当者。蒲郡市では高齢化が進んでおり、わんぱく相撲の人口が減少傾向。興行を通して蒲郡の相撲普及も期待していたという。

来年度の開催ならば「51周年」になるが、担当者は「来年も同じ内容で『50周年追善興行』として開催したい」と意気込む。新型コロナウイルス感染拡大が、一刻も早く終息することを願ってやまない。【佐藤礼征】