名古屋場所の新会場IGアリーナにも、櫓(やぐら)が立っている。本来なら、呼び出しが櫓の上で触れ太鼓や跳ね太鼓をたたく。しかし、年6場所中、名古屋場所だけは櫓に登らない。安全を確保できないためだ。この櫓はあくまで、伝統文化継承の意味も込めて、便宜的に立てられている。呼び出しは、櫓近くのIGアリーナの外周フロアで太鼓をたたいている。

IGアリーナのやぐら
IGアリーナのやぐら

東京の両国国技館には、エレベーター付きの櫓が1995年に完成した。これで上り下りが安全になった。

それまでは、高さ約16メートルの旧型の櫓を、命がけでよじ登っていた。当時の櫓は、長さ18メートルのヒノキの丸太4本を荒縄で縛り、釘は一切使っていない。そのため、雨が降ると滑りやすくなり、足場の横棒が回転してしまう。足場を順手で握るのではなく、腕を横から回してたぐるように上る。これがコツだった。

命綱なしで上り下りしていた時代には、信じられないようなエピソードが残っている。

三役呼び出しの重夫は若いころ、櫓から太鼓を落としたことがある。当時はロープで太鼓を結び、先に上った呼び出しが上から引っ張り上げていた。現在は幕内呼び出しの旭(あきら)が太鼓にヒモをくくりつけ、上から重夫が引き上げる。あともう少しのところで、ヒモが緩んで落下した。10キロの物体が約16メートルの高さから落ちれば、加速度が加わって15トン近い衝撃になる。約50万円の太鼓は、一瞬で壊れてしまった。

重夫は当時のことが忘れられない。「まるでスローモーションのように見えました。太鼓が落ちていき、ポーンと音がして、真っ二つに割れた。ビスが飛んでいきました。その日は天覧相撲だったので、警備のSPがたくさんいました。その音と同時に一斉にこっちを見たことを覚えています。何事かと思ったでしょうね」。太鼓が落下する時には、旭が上り始めていたが、幸いにも当たらなかった。もしも直撃していたら、大変なことになっていた。

名古屋場所初日、IGアリーナで初の触れ太鼓をたたく呼び出しの仁(左)と天琉
名古屋場所初日、IGアリーナで初の触れ太鼓をたたく呼び出しの仁(左)と天琉

急いで別の太鼓を持ってきて、2人とも浮かない顔で跳ね太鼓をたたいたという。SPから事情を聴かれ、次の日には兄弟子から怒られた。

三役呼び出しの吾郎は若いころ、旧型の櫓から降りる際、足を滑らせて転落したことがある。5、6メートルの高さからだった。

「ダイアナ妃がいらした日なので覚えています。どうやって落ちたのかは覚えていません。頭を少し切って血が出たので、診療所に行きました。次の日には仕事をしていました」。

当時は高さ約16メートルまでハーネス(安全ベルト)なしで上り下りするなど、安全対策が不十分な時代だった。今は安全第一。エレベーター付きの櫓が完成した時、呼び出しの多くはホッとしたという。吾郎は「生きているから、今があります」と苦笑いしていた。

というわけで、IGアリーナの櫓は静かにたたずんでいる。【佐々木一郎】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)