全日本プロレスなど日米マットで活躍したプロレスラーで「テキサスの荒馬」と呼ばれたテリー・ファンクさんが死去した。23日(日本時間24日)、米プロレス団体WWEが発表した。79歳だった。死因は明らかにされていないが、16年にヘルニアの手術を受けた後から体調が悪化。21年には認知症の治療を続けていると複数の米専門メディアが報じていた。この報道を受けて、全日本の黎明(れいめい)期から団体を支える和田京平名誉レフェリー(68)が、テリーさんとの思い出を語った。「びっくりしました。前回(昨年9月18日の50周年大会)も来るんじゃないかと思っていたけど、具合が悪くて…」と寂しそうに言った。

“フォーク事件”が、一番記憶に残っているという。1977年(昭52)12月15日、東京・蔵前国技館。全日本プロレスの世界オープンタッグ選手権の最終戦で、ザ・ファンクス(兄ドリー・ファンク・ジュニア、弟テリー・ファンク)と、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ザ・シークの「史上最凶悪コンビ」が激突した。和田レフェリーは「ブッチャーとシークには、びっくりしたね。フォークを凶器に持ってくるとは…。でも、そのフォークでテリーがやられている。あんだけ盛り上げられるのはテリーしかいない」と懐かしんだ。

人気はすさまじかったという。「当時って外国人レスラーはヒールじゃなきゃいけない風潮もあったけど、テリーはベビーフェイスに持っていく。日本人の心をわしづかみにするのうまかった。彼のチアリーダーみたいなのも出来て、日本人の女の子が10人くらい『テリー』って叫んでいて、アイドルじゃないんだよってと思っていたけど、それだけ日本人を味方につけるんだよ」と笑った。

ただ、「テキサスの荒馬」の「馬刺し事件」を超えるものはないという。ジャイアント馬場さんの付け人を10年間務めた和田レフェリーによれば「馬場さんから聞いたんだけど、熊本の大会中、馬場さんが、テリーに『どうだ、その肉うまいか?』って。熊本だから馬刺しを食べていたみたいで、でもテリーは知らずに『うまい』って。そしたら、馬場さんが『それは馬だぞ』って教えたら、テリーは『何で俺に…。馬は俺のファミリーだ』って泣いたらしい。彼は牧場をやっていて、それを食べるなんてあり得なかったんでしょう」と馬場さんのいたずらを明かした。

「普通ならけんかになりそうだけど、テリーは怒るより、ひたすら泣いていたみたいで。『身内を食べるなんてもんだ』って。『俺は馬を食っちゃった』って。さすがに、馬場さんも『悪いことしちゃったな』って反省していたみたい。あれ以来、テリーは何か口にする時も疑うようになっていたらしい」と笑った。

最後に「もう1度、会いたかったね」と言い「もう1度、馬刺し食べる姿見たかった」。あえて言ったそのジョークは、どこか寂しさを紛らわしているようだった。「ご冥福をお祈りします」と別れをしのんだ。

【写真特集】テリー・ファンクさん死去 兄ドリーと活躍、宝刀スピニングトーホールド>>