「イチバーン!」の雄たけびで日本マットでも人気絶大だった米国人プロレスラー、ハルク・ホーガンさん(本名テリー・ボレアさん)が24日、心臓停止のために死去した。71歳だった。1953年、ジョージア州オーガスタで生まれたホーガンさんは父が建設現場監督、母はダンス教師だった。幼少期は意外にも近所の男子にいじめられ「蛇よりもいじわるな赤毛のロジャーという男の子にやられていた」とインタビューで明かしている。
少年野球では投手を任されていたが、10代の頃、移り住んだフロリダ州タンパでウエートリフティングを開始。学校では筋骨隆々ながらもロングヘアでロックを愛し、米国で大人気のアメフトを嫌っていたため、ヒッピーと呼ばれていた。当時について、ホーガンは「音楽が好きで、ロングヘアでギターも始めた。音楽少年でバンドで演奏もしていた。バンドのライブにプロレスラーが何人か来て、いつのまにか僕らのライブにはプロレスラーが多かった」と回顧している。
身近にプロレスラーがいたことで高校ではレスリング部にも所属。自ら勇気を持ってプロレスラーのトライアウトに挑戦。筋トレの時間も増やし、米国在住だった故ヒロ・マツダさんのもとでトレーニングし、マツダさんとのスパーリングで足首骨折に追い込まれたが、めげずに門下生として練習を続けたというエピソードを持っている。
77年8月のデビュー戦は「スーパーデストロイヤー」という覆面レスラーだった。リングネームも「テリー・ザ・ハルク」「ボルダー」「スターリング・ゴールデン」などと変更し活動。「超人ハルク」のテレビ主演を務めていたルー・フェリグノとツーショットを撮影した際、フェリグノよりハルクに近い肉体で注目され「ザ・ハルク」の愛称がつけられたことが契機となって「超人」が誕生していった。プロレス業界を変えたと言われるハルク・ホーガン誕生前のエピソードも豊富だった。

