ベテランの俳優を取材する機会が多いが、中でも歌舞伎の大御所の話は面白い。先日、人間国宝でもある尾上菊五郎(75)が東京・歌舞伎座「団菊祭五月大歌舞伎」(5月2~26日)の夜の部「弁天娘女男白浪」で当たり役の弁天小僧菊之助を演じることになり、取材会があったが、深い話から、思わず笑ってしまう話まで多彩だった。

 「弁天娘女男白浪」は音羽屋(菊五郎家)のお家芸で、5代目から続いている。菊五郎も22歳で初挑戦し、7代目菊五郎襲名披露など節目ごとに演じた。「初めてやった時は、何が何だか分からなかった。30代までは勢いでやったけれど、40代になって、やればやるほど、分からない時期もあった。本当にお客が喜んでいるのか。相手役とのキャッチボールが合わない時は、自分のやり方が悪いんじゃないかと、深みにはまった」。今回は歌舞伎座こけら落とし興行以来5年ぶりだが、上演回数の話になっても「回数? 知らないよ」とあっさりしていた。

 10年前の「白浪五人男」では市川団十郎が日本駄右衛門、坂東三津五郎が忠信利平で出演した。「その時、夏雄ちゃん(団十郎の本名)が『10年後もこのメンバーでできるかな』って、言っていたけど、夏雄ちゃんが1番にいなくなって、寿(三津五郎の本名)も逝ってしまった。寂しい思いがする。今回は夏雄ちゃんの五年祭ということで、海老蔵君が日本駄右衛門をやることになって、楽しみにしているよ」。

 弁天小僧が美しい武家の娘の姿に化けて呉服店を訪れ、そこで見破られて、男にひょう変する場面が見どころ。菊五郎は「立役と女形で、今はやりの究極の二刀流の役。回数はやっているけれど、完成品じゃない。25日間完璧にやるのは至難の業で、やっぱり勉強だね。その都度、新鮮な気持ちでやっている」。今回は7、8キロの減量を目標にしている。「今年で76歳だけど、16歳か17歳の弁天小僧にならないといけない。もろ肌脱ぎになった時に太っていたらダメ。3月末から、ご飯やパンの炭水化物を食べず、今で5キロ減らした。あと3キロやせたい」。

 今回は寺島しのぶの長男で、孫の寺嶋真秀君(5)もでっち役で出演する。「しのぶが『おじい様の弁天でやらせてほしい』と言ってきた。今は子役指導の先生に教えてもらっている」。これまで「弁天小僧」を演じた中での思い出を聞かれると、「巡業で九州に行った時、衣装を外で干したら、ハチが入ってしまって、やっている時にチクッと金○を刺された。膨らんで、痛みをこらえてやった」。人間国宝の忘れられない思い出だった。

 今回は、菊五郎が「弁天がやりやすいように、南郷をやっている。食ってやろうという気がないのがいい」と言う市川左団次の南郷力丸のほか、海老蔵の日本駄右衛門、尾上松緑の忠信利平、尾上菊之助の赤星十三郎と若手が並ぶ。「次の世代への橋渡しを意識して、配役を決めた。自分で役を膨らませれば、楽しくなる。見て、感じを覚えてもらえたらいい。いつか、一緒に演じたことを思い出してくれるでしょう」。役の伝承となる公演でもある。【林尚之】