「ほんと恐ろしい子…」。囲碁の井山裕太4冠(29)ら世界トップクラスの棋士が、その実力を認める最年少プロ、仲邑菫(なかむら・すみれ)初段(10)。公式戦デビューを果たした小学5年生が新時代、令和のヒロインへ向け、歩み出しました。まだあどけなさが残る少女の強さの原点は? 叔母の辰己茜三段(36)に聞きました。

仲邑初段が囲碁を始めたのはちょうど3歳のときでした。元囲碁インストラクターで母の幸(みゆき)さん(38)が手ほどきすると、飲み込みが早く、約3カ月でルールを完全マスター。すぐに最後まで打てるようになり、母と娘は毎日、盤を挟むようになりました。

幸さんの妹の辰己三段は言います。「1年間は毎日打って、菫に勝たせた。姉もいろんな子どもを教えてきたので、勝たせてあげるのは本当に大事なことが分かっていた」。

わざと負けて、やる気を出させて、囲碁の楽しさを伝える-。

幼稚園や囲碁教室などで子どもたちを指導することが多い辰己三段は続けます。「指導者は初めて打つ子には絶対に勝ってはダメだと思います。囲碁を好きになってもらうためには負けてあげることが大事。負け続けると、イヤになってしまう子は多い。教えながら勝たせるのではなく、普通にこっちが弱く打って、勝たせてあげるべきなんですよ」。

指導者の高い棋力はもちろんですが、囲碁が好きになってもらうためには指導者の信念と忍耐が求められます。

「みんな、教えたがって、こう打ったらとれるよって教えたがる。教えながら勝たせるのはよくない」

仲邑初段はプロ棋士の信也九段(46)とアマの強豪だった幸さんの間に生まれたひとりっ子。「初めは菫を囲碁のプロにさせようとは考えていなかったと思います。お父さんもプロの世界で仕事している人間だし、姉は何よりも好きになってもらいたいという思いがあったと思う」。

仲邑初段の強さの原点には母の強い思いがあったようです。

囲碁を打つことで子どもたちに「考える力」というメリットが生まれます。「囲碁は考える力もつきます。囲碁は教わるというよりも自分で吸収していくものです。教えて強くなるものでもない。強くなるには自分で考えることが大事なんです」。

言うまでもありませんが、将棋も囲碁も紙一重の真剣勝負では棋士の「思考力」が問われます。

今年1月、仲邑初段は公開対局で井山4冠を相手に真っ向勝負を挑みました。先手のみに与えられるわずかなハンディとなる逆コミなしの「先番」でしたが、序盤は互角以上の局勢もありました。終盤では井山4冠が意地を見せ、制限時間切れの「打ち掛け」で引き分け。昨年も同大会で対局している井山4冠は「(昨年と)比べものにならないくらい強くなっていた」とその成長の速度に驚き「ほんと恐ろしい子」と絶賛しました。

現役最強棋士は「自分の9歳の頃とは比べものにならない」と舌を巻き、将来の囲碁界で「十分、天下を狙える才能」と太鼓判を押しました。

プロ第1歩を踏み出した姪っ子に叔母は「菫は本当に囲碁が大好き」。母の思いを受け止めた仲邑初段の原点には「大好き」があります。令和のヒロインへ、1歩1歩、前進です。

【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)