3月3日はひな祭り。女の子の健やかな成長や幸福を願うお祭りだ。

ひな人形を飾り、家族みんなでひなあられやひし餅、ちらしずしを食べ、ハマグリのお吸い物や甘酒(白酒)を飲んで楽しい時間を過ごす。季節の節目(節句)に行う、日本の伝統的な年中行事である。

その時に必ず歌ったり、流される歌がある。

♪あかりをつけましょ ぼんぼりに…

老若男女が知る童謡「うれしいひなまつり」だ。1936年(昭11)2月にレコード発売された。歌詞は子供にも分かるように、平仮名で書かれた。

作詞はサトウハチロー氏。「ちいさい秋みつけた」「リンゴの唄」「長崎の鐘」などでも知られる。

作曲は河村光陽氏。大ヒットした「かもめの水兵さん」でも知られる。

ハチロー氏は35年にこの詞を書いた。実は前年の34年秋に、協議離婚した。すでに別の女性と違う土地で暮らしていた。

前妻との間に小学校6年生の長女、4年生の次女、5歳の長男と3人の子供がいた。ハチロー氏は3人を引き取った。

35年のひな祭りが近づき。実母と暮らせない子供たちの心中を思い、豪華なひな人形を買ってあげた。

初めて売り出された電気でぼんぼりの明かりがともる、豪華な七段飾りのひな人形だった。

喜ぶ子供たちと一緒にひな人形を飾った情景を基に、「うれしいひなまつり」の歌詞を書き上げた。

子供でも歌えるやさしい歌なのだが、歌詞にはハチロー氏の悲しい思いも込められているという。

ハチロー氏は3歳のころ、熱湯を浴び脇腹に大やけどを負った。後遺症などで家にこもりがちだった。

かいがいしく面倒を見てくれたのが4歳年上の姉・喜美だった。音楽や詩心を教えてくれた。色白のお姉さんだった。

その優しい姉の結婚が決まった。しかし、嫁ぐ前に当時、深刻な病と言われた肺結核に冒された。破談となり、1917年(大6)の暑い夏に、18歳で亡くなった。

泣き上戸と言われたハチロー氏の悲しみは、計り知れなかったろう。

「うれしいひなまつり」の2番の歌詞。

♪およめにいらした ねえさまに よくにた かんじょのしろいかお

官女(かんじょ)とは宮中に勤める女性のこと。この歌詞は、亡き姉を歌の中で嫁がせたレクイエム(鎮魂歌)でもある、と言われている。

「うれしいひなまつり」の歌詞には、誤りがあると指摘されている。

1つは2番の「おだいりさまと おひなさま」。

おだいりさまを漢字で書くと「お内裏様」。内裏とは「天皇と皇后が住まわれる宮殿の私的区域」のことを言う。「お内裏様」とはそこに住まわれる天皇、皇后を尊んだ呼称。

なので「お内裏様」とは本来、男びなと女びな一対を意味する。男びなのことではない。

また「おひなさま」はひな人形すべてを指す言葉で、女びなのことではない。

2番の歌詞の続きは「ふたりならんで すましがお」となっており、おだいりさまを男びな、おひなさまを女びなと誤用している。

もう1つの誤りは3番の「あかいおかおの うだいじん」。

ひな人形では、赤い顔なのは右大臣ではなく左大臣である。

資料によると、こうした誤用を知って、ハチロー氏は「うれしいひなまつり」を嫌っていたと言われている。テレビから流れると、家族に「スイッチを切れよ」と言ったという。

誤用を悔やんでのことかもしれない。だが、この時期に繰り返し流れる「うれしいひなまつり」を耳にして、記憶の奥底に封印した優しい姉のことを思い出したくなかったのではと、記者は思いたい。【笹森文彦】

【参考】▼ウェッブ「池田小百合なっとく童謡・唱歌」▼朝日新聞「うたの旅人」(12年3月2日)▼合田道人「歳時記を唄った 童謡の謎」(笠間書院)