2011年(平23)3月11日の東日本大震災から15年。今年も地震発生の午後2時46分を挟んで、NHK、フジテレビ系列、テレビ朝日系列などで、特別番組が組まれた。
3月11日が近づくと、耳にする歌がある。NHKの復興支援ソング「花は咲く」である。震災翌年の3月に誕生した。
作詞は映画監督で音楽家の岩井俊二氏(現63)、作曲は音楽家菅野よう子氏(同62)が担当した。ともに被災地の宮城県仙台市で生まれた。
岩井氏は震災半年後、宮城県石巻市で被災した高校時代の先輩の言葉に触発されて、歌詞を書いた。医師である先輩はこう話した。
「僕らが聞けるというのは生き残った人間たちの話。死んでいった人たちの体験は聞くことができない。彼らには語りたかったこと、無念の思いが山ほどあるはずなのに」。
菅野氏は12年1月に岩井氏の歌詞を手にし、メッセージを寄せている。
「作曲するにあたって心がけたこと。それは自分をできる限り消し、音楽が、パフォーマーや聴く人の気持ちを載せることのできる透明な器であるようにする、ということでした」
そんな思いが凝縮されて「花は咲く」はできた。
♪花は 花は 花は咲く いつか生まれる君に…私は何を残しただろう
歌詞には「なつかしい街を思い出す」「かなえたい夢があった」「変わりたい自分がいた」「なつかしい日々を思い出す」という言葉が並ぶ。
歌っているのは亡くなった人で、生きていて聴く人が悲しみを共有し代弁するかのようである。
オリジナルバージョンでは、被災地にゆかりのある34組の歌手や俳優、スポーツ選手がリレー形式で歌唱した。
秋吉久美子、荒川静香、梅沢富美男、大友康平、加藤茶、さとう宗幸、千昌夫、鈴木京香、中村雅俊、新沼謙治、野村克也氏、西田敏行氏ら。
歌唱する際には白いガーベラを手にした。花言葉は「希望」である。この映像も岩井氏が監督した。
以後、さまざまなバージョンが作られた。
「花は咲く アニメスター・バージョン」(16年)では、鉄腕アトム、ちびまる子ちゃん、ポケモン、ドラゴンボールZ、新世紀エヴァンゲリオンなど38作品の映像が使われた。
「花咲く リオデジャネイロ メダリスト バージョン」(17年)では、内村航平、萩野公介、伊調馨、吉田沙保里、錦織圭らリオデジャネイロオリンピック・パラリンピックのメダリスト55人が参加した。
「花は咲く ピョンチャンバージョン」(18年)では、羽生結弦、坂本花織、高木美帆、葛西紀明、平野歩夢、藤沢五月ら平昌(ピョンチャン)オリンピック・パラリンピックに出場した総勢60人が参加した。
「花は咲く 楽天イーグルス・バージョン」(18年)では、梨田昌孝監督、今江年昌、嶋基宏、岸孝之、松井裕樹らが登場した。
震災2年後の第85回記念選抜高等学校野球大会では、入場行進曲となった(優勝は埼玉・浦和学院)。
この他、石川さゆりがアルバム「X-Cross-」(12年)に収録したほか、徳永英明、稲垣潤一、渡辺貞夫らもアルバムに収録している。
東日本大震災から15年。その間には、熊本地震や能登半島地震などが発生した。その記憶と経験を決して忘れてはいけない。
作曲した菅野氏の「花が咲く」が完成した際のメッセージである。
「100年経って、なんのために、あるいはどんなきっかけでできた曲か忘れられて、読み人知らずで残る曲になるといいなあと願っています」。
誰もが「『花が咲く』って何の曲?」と言うような未来は来るのだろうか。【笹森文彦】
◆東日本大震災 2011年3月11日金曜日午後2時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード(M)9・0の巨大地震が発生。宮城県北部の栗原市で最大震度7を観測したほか、岩手、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉の8県で最大震度6弱以上を観測した。直後に最大9メートル以上の津波が広範囲の沿岸部に押し寄せた。内閣府によると死者1万9782人(震災関連死含む)、行方不明2550人(25年3月現在)。







