生きざまを見せつけられた。12月、都内で行われた「葛城ユキさんを偲ぶ会」を取材する機会に恵まれた。

葛城さんは代表曲「ボヘミアン」で知られるロック歌手で、6月に腹膜がんにより73歳で亡くなった。会の最後には、葛城さんの亡くなる前日に姉が録音した肉声メッセージが流された。陳腐な表現だが「魂が乗り移った」とは、このことだと思った。4分弱の肉声に、ロッカーとしての葛城さんの生きざまが詰まっていた。パソコンに文字を打ち込む際に、指が震えたのは初めての経験だった。

「皆さま 葛城ユキです 日頃の皆さまの熱いご支援ご声援を頂き この前1年ぶりに少し歌える状態になりました でもまだまだ本来の私ではありません 私がプロになりプロのステージに立って 毎回口ぐせのように言ってきたことがあります 私は『このステージでピアノを杖がわりしてまでも 歌人生を全うしたい』と常日頃言って居りました。その日がもうそこにやって来てる様な気がします 私は悔いのない人生だったと思っていますがひとつだけ欲を言わせて頂ければ 高齢者代表としまして 皆さまの元気の源として 皆さまの役に立ちたいと思っていました それがもうすぐそこまで来ていましたが叶うことができません それだけが私の心に残る悔いです でも欲張りは言いません 本当に今まで私の歌を愛してくださった皆さまありがとうございました これからも皆さまはお元気で身体に気をつけて頑張って頂きたいと思います ありがとうございました さようなら」

かすれた声に葛城さんの未収録曲が乗せられ、最後のテロップには「2022・6・26 13:12 自宅ベッドにて録音」とあった。万雷の拍手に包まれながら、最後は葛城さんの「心からイエスタディ」を出演者で歌い、会を締めくくった。

引き際には、2つあると思っている。自分にとって、分かりやすい例がプロ野球。38歳で引退した巨人長嶋茂雄はプレーした17年間ですべてベストナインを獲得し、余力を残していると思わせたまま引退した。一方、野村克也は「生涯一捕手」を掲げ、選手兼監督まで任されながら、最後は体がボロボロになる45歳までプレーした。葛城さんは後者だと思う。

あらためて痛感したのは、引き際を選べることのすごさ。プロスポーツ選手にせよ、芸能人にせよ、歌手にせよ、多くの人が引き際を選べないまま去って行く。プロスポーツ選手のほとんどが、球団やクラブから戦力外通告を告げられ、引退を迫られる。自分で引き際を選べる人なんて、ほんの一握りだと思う。

葛城さんは死ぬまでロッカーであり続けた。「このステージでピアノを杖がわりしてまでも 歌人生を全うしたい」と思わせたロックというものが、葛城さんにとって、どれほど自分を魅了するものだったのか。1度話を聞いてみたかった。【高橋洋平】