このほど、昨年末に肺塞栓(そくせん)症で89歳で死去した女優中村メイコさんの「乾杯で送る会」が都内で行われた。夫で作曲家神津善行氏(92)が語る中村さんの“最期”の様子に驚き、妻への思いがあふれる様子が強く心に残った。
会が始まる前、神津さんは取材に応じた。話すたびに涙し、顔を覆っていた。「甘えん坊だった。絶対にほかには見せないけど、全部僕に頼んできた」と、いとおしそうに振り返った。
生活の中で、どっちが先に逝くかということも話題に出ていたそう。神津さんは「女房は『私はあなたの葬式なんかできないから絶対に黙って先に逝かないでね』と言っていました。俺も『あんなに遠い所、道も分からない所へ1人で行かせるわけにいかないから、あんたが死んだら俺も付いていってやると』と言いました。うれしそうに泣いてました」と明かした。
また、中村さんは亡くなった昨年12月31日、具合が悪いと神津さんを呼び、ベッドの上で抱き起こしてもらっていたのだという。夫の小指に自分の人さし指をひっかけ「もう少しこうしていて」と言って1分もたたないうちに、指がぽろっと落ちたのだとか。
救急搬送され、蘇生措置もされたが、そのまま息を引き取ったという。神津さんは「(医師によると)やっぱりあの時に息を引き取ったらしい。彼女は計算して僕を呼んで、僕に抱かれて逝ったんじゃないかな」と泣いた。会のあいさつでは「僕に抱かれて逝くことが良かったのかどうか分かりませんが」と話していたが、中村さんにとっては最高の最期だったのだろうなと思った。
最期を計算したのかどうかは分からないが、中村さんが死を意識し、準備をしていたことは確かなようだ。会場に飾られた写真は、生前準備していたものだった。死んだら使ってほしい、と残していた箱の中に何枚かの写真が入っていたという。その中の1枚を神津さんが選んだ。赤い服ではほおづえをつくすてきな笑顔の写真だった。本当にいい笑顔の写真で、妻への愛を感じた。【小林千穂】



