日本文学研究者で、米コロンビア大名誉教授のドナルド・キーンさんは、古典から現代文学まで広く紹介し、国際的な評価を高めるのに貢献した。2月24日、心不全のため96歳で亡くなった。2011年(平23)には日本国籍も取得。4月には、キーンさんが命名した日本文化芸術施設「漸草庵 百代の過客(ぜんそうあん はくたいのかかく)」が埼玉県草加市にオープン。亡くなってもなお、キーンさんの遺志は多くの人に受け継がれている。
命名者のキーンさんは、芸術施設の完成目前に旅立った。3月28日に行われた記念式典や翌月の開業後に足を運ぶのは、幻に終わった。玄関には直筆文字の看板がある。木造平屋建て。数寄屋建築で茶道、華道などに使える4つの和室がある。キーンさんの愛した日本の粋が、凝縮されている。
名前は、松尾芭蕉が著した「おくのほそ道」の「其日漸う(そのひようよう)早加と云ふ(そうかという)宿にたどり着きにけり」との一節に由来する。「体調さえ良ければ御招待する予定でした」と、草加市の関係者は振り返る。市制60周年記念事業として建設計画が上がった当初から命名を依頼。完成の1年前からやりとりしていた。
同市とキーンさんとの接点は、1988年(昭63)までさかのぼる。俳人松尾芭蕉の奥の細道の旅立ち300周年を記念して、「第1回奥の細道国際シンポジウム」を開催。基調講演をお願いした。以来、93年には「第1回奥の細道文学賞」設立に携わるなど、つながりは深まった。14年には、国指定名勝「おくのほそ道の風景地」にも選定された。「本市の文化芸術振興に多大なる尽力をいただきました」。
生前、日本の古典から現代文学まで世界に紹介して国際的な評価を高めただけではない。草加市のほか、07年の中越沖地震で被災した新潟県柏崎市には、古浄瑠璃の復活を提案し、その2年後に実現させた。
4月10日、都内の斎場で行われた「お別れ会」では、喪主で養子のキーン誠己(せいき)さんがこう話した。「夢に描いていた通り、父は日本の土になりました」。地域に根付いた和文化を掘り起こし、伝えた功績は計り知れない。【赤塚辰浩】
◆ドナルド・キーン 1922年6月18日、米国ニューヨーク市生まれ。18歳の時、英訳版「源氏物語」に感動、日本の文学や文化の研究を志す。第2次大戦で通訳を務めた後、コロンビア大の大学院などを経て53年、京大大学院に留学。川端康成、三島由紀夫らと交流を深め、世界に紹介した。11年、東日本大震災を機に日本国籍取得。雅号は「鬼怒鳴門(きーん・どなるど)」。08年、文化勲章。

