天皇、皇后両陛下の長女愛子さま(23)が27日、東京・イイノホールで行われた板垣李光人(23)主演のアニメ映画「ペリリュー ー楽園のゲルニカー」(久慈悟郎監督、12月5日公開)チャリティ上映会にご臨席し、映画を鑑賞した。板垣は「愛子さまは『運命的』というお言葉でおっしゃっていましたね」と、映画を鑑賞した愛子さまが口にした言葉を明かした。
上映会後、板垣と原作漫画の作者で映画の共同脚本も務めた武田一義氏が取材に応じた。愛子さまの横で映画を鑑賞した板垣は「席に着いた際に愛子さまの方から『同い年ですよね?』と声をかけていただき」と、愛子さまから声をかけてこられたと明かした。
愛子さまの上映中の様子については「真剣に映画と向き合ってくださっている気配が伝わって来ました」と明かした。「我々が戦争に関わる機会が年々減っていく中で、映画として、一つのエンターテインメントとして戦争を伝える意義を愛子さまにも感じていただけたと思うと、本作に携わって良かったなと心から思います」と続けた。
板垣は上映後も、愛子さまから「同世代として刺激を受けました」と、お言葉をかけられたと明かした。「この映画が沢山の方に広がって、戦争の歴史も沢山の方に広がるように心から願っています」と、激励も含めた映画の感想も伝えられたと振り返った。そして「恐縮ながらも、まさか愛子さまと同級生トークができるとは思ってもいなかったので、非常に光栄でした」と感激した。
愛子さまとの交流に、当初は緊張したというが「かしこまってお話をするのかなと思っていましたが、愛子さまもすごくフランクにお優しくてお話をしてくださったので全体的に和やかな空気でした」と振り返った。武田氏が「板垣さんが過去に出ていたドラマですとか、今、出ているドラマをご家族で見ているという話をしていただきました」と明かすと、板垣は「まさかでした」と驚いた。
「ペリリュー-」は、パラオ諸島のペリリュー島で1944年(昭19)9月から11月まで約2カ月半にわたり日本軍と米軍が交戦し、生き残った日本兵は終戦後も洞窟に立てこもり、47年4月に武装解除に応じた史実を元に、武田氏が描いた漫画が原作。同氏が原作を描き始めたきっかけの1つが、終戦70年の15年に、愛子さまの祖父母の上皇ご夫妻が当時、天皇・皇后としてペリリュー島を慰霊訪問された報道を見て、「皇室の方々でもペリリュー島に行かれるのに、自分はそのことをまったく知らなかった」という驚きがあったことだった。
武田氏は「上皇上皇后両陛下が慰霊に行かれたからこそ、この作品が生まれた事に関して愛子さまも感慨深いものがあるように伺いました」と、愛子さまが上皇ご夫妻とも縁がある作品に、ひときわ深い思いを抱いていた様子だったと明かした。
「戦後80年で孫の愛子さまが本作を観たというのは、愛子さまご自身も感じるところがあったようで、そのことについてもお話をさせていただきました。心に残った作品、この物語は残していくべきだとの感想をいただきました」と続けた。
板垣は劇中で、漫画家志望の才を買われ、仲間の最期の勇姿を遺族に向けて書き記す「功績係」を命じられた21歳の田丸、中村倫也(38)が、同期ながら頼れる相棒の上等兵・吉敷佳助を演じ、最後まで生き残った日本兵はわずか34人の中、懸命に生きようとした2人を描いた。上映会が開かれた27日は、81年前にペリリュー島での戦いで、米軍が「作戦終了」を宣言した日だった。
劇場公開に先立ったチャリティー上映会の売り上げの一部は、一般社団法人日本戦没者遺骨収集推進協会と、愛子さまが24年に学習院大を卒業し、同4月1日に入社した日本赤十字社へ寄付する。上映会には上野賢一郎厚労相(60)も登壇した。
愛子さまは、これまで天皇、皇后両陛下と19年12月に「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」(片渕須直監督)チャリティー試写会、20年1月に英・米国合作映画「キャッツ」(トム・フーパー監督)チャリティー上映会、22年12月には映画「Dr.コトー診療所」(中江功監督)の地域医療支援チャリティー上映会を鑑賞している。

