「鯛(タイ)のおいしいのを食べに行きませんか?」。昨年の秋、コロナも一段落と思われた頃である。和歌山県観光連盟からお誘いがあった。「もちろん、周辺取材もしっかりしてもらいますけどね」。当然の注文も付いたが、向かったのは和歌山市加太(かだ)。目の前が紀淡海峡。その向こうに淡路島、さらに四国を望む。漁師町である。

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羽田を午前8時45分発。10時10分にはもう関空に着いた。あっという間である。そこから車で和歌山市駅に出て、南海加太線。約30分、7つほどの駅を過ぎれば終着駅が加太である。


新鮮な鯛が料理屋に運ばれてきた。50センチはあった
新鮮な鯛が料理屋に運ばれてきた。50センチはあった

「鯛のブランドといえば『明石の鯛』や『鳴門鯛』が有名ですが、もうひとつが『加太の鯛』なんですよ」(和歌山市観光協会の松浦光次郎氏)。

明石も鳴門も加太もほぼ近い海域。流れの速い潮にもまれて身が引き締まる鯛。それだけでなく、ここは海藻が豊富な海で栄養もタップリ。身がおいしくなるはずである。

なかでも、春は桜色になるから桜鯛、秋は紅葉色をしているから紅葉鯛として全国的に知られ愛されている。また、ここでは天然にこだわるだけでなく、魚を傷つけない伝統的漁法の一本釣りで釣獲している。

魚専門店「いなさ」ののれんをくぐった。海岸沿いで潮の匂いが似合いそうな一軒である。

「真鯛のミニコース」3500円。

鯛の御造り、鯛しゃぶ、鯛のカルパッチョ、鯛飯まで。昼にしては「豪華すぎる」ほどの大盤振る舞い。

コリッとした歯ごたえに甘みの残る優しい味わい。おいしいものとの出合いは、それだけで旅路を幸せな気分にさせてくれる。


コリッとした新鮮な鯛 その鯛づくしに舌鼓み
コリッとした新鮮な鯛 その鯛づくしに舌鼓み

食べ終わったころ、店主の稲野雅則さんが顔を出し「どうでしたか、加太の鯛は?」と聞いてきた。

「おいしかったです」

「そうですか。それは良かった。うちらも、ブランドとしての意識と自信は十分に持って料理をお出ししているんです」と胸を張った。

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加太の街中をあちこち取材して回れば、あっという間に夕刻となった。晩秋、日暮れは釣瓶(つるべ)落としである。

今宵の宿は「休暇村 紀州加太」。2016年にリニューアルしたばかり。山の上に建つ。どうやら、全国の休暇村の中でも人気が高く予約も取りにくいと聞いた。

人気の秘密は?

「外の景色とお湯がひとつにつながり、まるで自然の中に溶け込んでお湯につかっているような露天風呂。『インフィニティ風呂』が、名物なんですよ」(高塚昭男支配人)。名付けて「天空の湯」

今、こういった景色と一体化した「インフィニティ(無限)」を感じさせるお風呂を有するホテルや旅館は全国的に人気が高い。


「休暇村 紀州加太」の海に景色がつながるよう設計された天空露天風呂
「休暇村 紀州加太」の海に景色がつながるよう設計された天空露天風呂

で、ちょうど、海に夕日が落ちる時刻。

素っ裸の男たちが、海を遠くに見つめながら気持ちのいい露天からサンセットを眺めているところだった。「あぁ、夕日が海峡に落ちていくね」「海が赤く燃えているようだね」「最高だね」

隣で湯につかっている若い学生さんたちが素直な感動を次々に口にしていた。「夜、遅くに入って海と空を見ると、空港からの飛行機が、星の瞬きの中を静かに飛んでいくんですね。これも最高ですよ」(高塚氏)

「そうですか…、きっとそれも美しいでしょうね…」

そうは言ったものの、今はただ、どこまでも続く海の赤い夕景を見ていたかった。それほどに極上の景色。幸せな湯が、コロナ疲れした心を少しばかりほぐしてくれていくようだった。

その名も「めでたいでんしゃ」
その名も「めでたいでんしゃ」