天候不順や気温上昇が続くこれからの季節は、屋内外の寒暖差などさまざまな要因で体調を崩しやすい時季でもある。新型コロナウイルスの位置付けが「5類」に移行後、季節外れの風邪やインフルエンザなどが流行している。社会活動や人の動きが活発になる夏に向け、私たちが日々できる対策や注意すべきこととは? 近年、特に研究が進む「口腔(こうくう)と感染症」の関係について、北海道医療大歯学部教授で口腔内科相談外来の歯科医師である安彦善裕先生(62)に、そのポイントを聞いた。

■■免疫低下した状態?■■

マスク自由化の解放感からか、感染症予防の意識も薄れがちだ。そのせいか、季節外れのインフルエンザを始めとしたさまざまな感染症が流行っている。安彦先生は「これまでの徹底した感染対策で免疫の学習機会が少なくなり、免疫が低下した状態にあるのかもしれません」と推察する。

免疫には大きく2種類ある。生まれながらにして持っている免疫と、後天的に得られる免疫だ。中でも、最近耳にするIgA抗体(免疫グロブリンA)は、後者で、特に唾液中に含まれる抗菌物質だ。この唾液・IgA抗体に関して、安彦先生は「侵入してきたウイルスや細菌などを、第1関門である口腔で取り囲んで無毒化する働きを主にします」と説明する。特筆すべきは、特定の敵だけでなく、さまざまな敵に対応が可能なものもあるいうこと。

■■ストレスで口が乾く■■

このように、感染防御にとって有効なIgAを含んでいる唾液は、口腔からのウイルスなどの侵入をマスクのように防いでくれる、いわば「体内マスク」と言えるのではないか。その一方で、口腔内科の現場では唾液が少なく、口が乾くドライマウスなど「歯科心身症」と呼ばれる症状の患者も多く見られるという。

安彦先生は、この原因についてストレスだと強調する。「ストレスが強いと交感神経が副交感神経より優位になります。これにより唾液の水成分が減り、粘ついて口が乾くと訴えるのです」。ストレス解消法としては「適度な運動が一番。あとはぐっすり眠ること。慢性的なストレスや睡眠時間の不足により、IgAの量が減るという報告もされています」と続けた。

■■腸の状態を整える■■

近年の研究では、脳と腸が互いに関わりを持つ「脳腸相関」が明らかになっているが、「腸が不調だと脳に影響して脳から口腔内へと悪循環が起こると言えます」と指摘。腸のコンディションを整えるというとヨーグルトが真っ先に浮かぶが、「乳酸菌がいいことは広く知られており、特定の乳酸菌が免疫力を上げることが科学的に示唆されています」と説明した。

■■口腔の健康を保つことは全身の健康を保つこと■■

実際に、特定の乳酸菌を一定期間摂取した試験では、唾液中に含まれるIgAの濃度を高めたという結果が出ている。他の食べ物では、みそや納豆などの発酵食品が良いそうだ。ストレス社会といわれる現代で、免疫力が低下しがちな夏こそ予防に努めたい。安彦先生は「口腔の健康を保つことは、全身の健康を保つことだと、しっかり意識して欲しいです」と結んだ。

◆安彦善裕(あびこ・よしひろ)1960年(昭35)9月11日生まれ。東北歯科大(現奥羽大歯学部)卒業。東京歯科大大学院歯学研究科博士課程修了(歯学博士)。92年北海道医療大歯学部講師。11年から同教授。専門は病理学、口腔内科学。口腔内科相談外来では、口の中の異常全般に対して外科処置を伴わない診断や治療を行う。