13日に行われるスピードスケート女子500メートルに出場する金メダル候補のエリン・ジャクソン(29=米国)は、インラインスケートからの転向組だ。

18年平昌五輪には、滑り初めてわずか5カ月で出場して24位。現在は小平奈緒のライバルに挙げられるまでになった。男子でも転向者が成績を残す。両競技は共通点も多いが、相違点もある。インラインスケートの国内女王の高萩嬉ら(21)と、元アジア王者の父昌利さんに聞いた。

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インラインスケートの世界女王として、そして米国女子で初の黒人選手として脚光を浴びたのが4年前だった。当時、転向して半年足らず。陸から氷に戦場を移し、五輪に出場すること自体が驚異だった。いま、金メダル候補の1人として2度目の五輪に帰ってきた。今季ワールドカップ(W杯)4勝の実力者。ルーツを持つインラインスケートはそんなに親和性があるのか。

日本選手権2連覇中の高萩は「決して簡単なことではないです」と驚く。冬季の選手が夏の練習の一環で、インラインに取り組むことはある。「動きとしては似ている部分はありますが、蹴り方が違います」。

陸の技術向上のため、氷の研究をしたことがある父昌利さんが説明してくれた。「陸では踏み込むときに『ダブルプッシュ』という技術を使います」。体重を足にかけて力を地面に伝えて、もう一度蹴り込む。氷と違い、摩擦の抵抗があるため、2度の「押し」を必要とする。氷でもし2回目の力を加えれば、削れてエッジに引っ掛かってしまう。前者が「押す」なら、後者は「乗る」感覚という。「ですので、誰もが転向できるわけではない。5カ月で五輪というのは、相当な努力とセンスがあったのでしょう」と見る。

追求するものも違う。インラインは速さよりもタフさが重要。集団で一斉にスタートし、体をぶつけ合いながらトップを目指すのがメイン。ショートトラックに近い。高萩は「アイスは足の歩数も決まっています。速くなるための技術を洗練させる感じ。基礎練習などは一緒ですが」とする。

ただし、両競技は近年、急速に近づきつつある。オランダ勢が計画的にインラインからの転向組を募り、スピードスケートで王国を築いている。父昌利さんは「3、4割は転向組では」とする。近年のインラインでは世界選手権常連が急に姿を見せなくなり、気づけば氷の上、ということも多々らしい。「五輪があるので、稼ぎが違う」と理由の1つを推測する。

種目としても流れは同じ。18年平昌五輪から実施されたマススタートは、まさにインラインそのもの。素地に当たりの強さがある転向組が、ますます氷でも強くなる可能性は十分だ。

インラインは、東京五輪に向けた新実施種目で落選した。その時に採用されたスケートボードは、同じ日本ローラースポーツ連盟だった。そして昨夏、大きな関心を集めた。五輪への切望は大きい。父昌利さんは「冬の選手がインラインで夏も出られることをアピールできれば、採用に近づくのでは」と願う。

11日のスノーボードのハーフパイプで金メダルを獲得した平野歩夢は、東京五輪ではスケートボードで出ていた。確かに、夏季も冬季の「二刀流」は関心が高いし、選手にとっても利点がある。

技術の細かな違いを克服するのは一長一短ではない。ただし、ジャクソンをはじめ、陸のスターたちの氷への進攻は起きている。今大会でその流れが加速するのかも、鍵を握りそうだ。【阿部健吾】

 

◆エリン・ジャクソン 1992年9月19日、米フロリダ州生まれ。幼少期はフィギュアスケートに取り組む中、10歳でインラインスケートに出合う。ジュニア時代に世界選手権の500メートルを制覇。シニアでは世界選手権で11個のメダルを手にした。17年にスピードスケート転向。昨年11月に黒人女性として初めてW杯を制した。1月の国内選考会では500メートルで3位にとどまり2枠の代表から漏れたが、1位だったボウがこの種目の出場をジャクソンのために辞退し、2度目の五輪がきまった。トヨタ自動車がスポンサーしている。165センチ。

 

◆インラインスケート 3~5個の車輪が縦1列に並んでいるスケート靴を履いて行うスポーツ。1979年に米国で発売され、競技としても定着していった。世界選手権では300メートルのタイムトライアルから、84キロのダブルマラソンまで行わる。ポイントレースは得点制で、決められた周回ごとに得点が与えられ、完走後の得点の多い選手が勝者に。一団で行うエルミネーションレースは、レースのいくつかの周回で選手が除外されていき、残った選手で競い合わせるレースとなる。18年ユース五輪では「ローラースピードスケート」として実施された。