本来なら東京オリンピック(五輪)は10日に閉幕し、今ごろは25日開幕のパラリンピックに向けて各競技会場の転換作業が進められているはずだった。しかし、3月末の延期決定で仮設会場の準備はストップ。五輪に向けた飾り付け作業も凍結された。全42競技会場の来年の契約はメドが立ったが、現状は会場によってバラバラ。1年という「空白」を与えられた競技会場の今を追った。

■武道館

柔道と空手が実施される「武道の聖地」こと日本武道館は、増改修工事を行った。「擬宝珠(ぎぼし)」のある八角形の大屋根が象徴的な64年開館からの意匠を継承しつつ、安全性と機能性を向上させた。

増改修工事を終えた日本武道館(撮影・峯岸佑樹)
増改修工事を終えた日本武道館(撮影・峯岸佑樹)

設計テーマは「再生と成長」で、大屋根のふき替えや外観のライトアップ整備を新設し、世界初の金色に輝くLED照明を採用した。64年東京五輪に比べて選手数が約5倍に増えるため、本館南側に400畳の中道場を新設。中道場と本館を約30メートルの地下道でつなぎ、移動の円滑化を図った。遅れていたバリアフリー化のため30の車いす席を常設し、多機能トイレや女子トイレも充実させた。昨年9月に全面的に始まった工事は、新型コロナウイルスの影響により工期が1カ月遅れの今年7月に完成。総工費は約120億円。日本武道館の臼井日出男理事長は「新生日本武道館が東京のランドマークとして末永く親しまれることを願っている」と期待した。

世界初の金色に輝くLED照明を導入した日本武道館(撮影・峯岸佑樹)
世界初の金色に輝くLED照明を導入した日本武道館(撮影・峯岸佑樹)

◆日本武道館(にっぽんぶどうかん)1964年(昭39)10月3日、武道の普及奨励を目的に東京・千代田区北の丸公園に開館。設計者は山田守氏で、公益財団法人日本武道館(高村正彦会長)が運営する。柔道、剣道、空手道など武道の競技場として使用されるほか、文化イベントなども催される。66年ビートルズ来日公演から「音楽の聖地」としても知られ、国内外のアーティストが公演している。収容人員は1万4471人。


■江ノ島

神奈川県が当初の2倍になる最大約22億円の予算で、江の島を守る。東京五輪セーリング競技の会場は、同県管轄の湘南港にある江の島ヨットハーバーだ。そこには個人のヨットやクルーザーが約700艇あり、五輪のために一時、移動しなくてはならなかった。

クルーザーの泊地も、すでに移動した艇が多く通常より数が少ない
クルーザーの泊地も、すでに移動した艇が多く通常より数が少ない

同県は、運搬費、補償金など約11億円の経費で、その移動を支援した。今年の1月から約620艇が、葉山など10カ所以上に移動した直後に、五輪の延期が決まった。移動先に置いたままだと、1年も江の島で艇に乗れない。1度、艇を戻せば、来年、再び移動を余儀なくされる。大きな課題を突きつけられた。

同県は7月3日に、利用者に今後の方針を提示した。基本、来年の五輪後まで移動先に艇置するか、1度、江の島に戻して21年に再度、艇置先に移動するかの2択となる。担当者は「できる限りの要望に応えたい」。その追加経費を最大約10億6800万円と見積もり、予算計上した。1年延期で、当初の約11億円から、2倍の支出を余儀なくされる可能性が大きい。

想定外の支出だが、担当者は「湘南港は県の持ちものであり、セーリングは、同県がサポートする大事な競技」と話す。県の組織の中に「セーリング課」として、特定競技の課を設置。それほど、同県はセーリングに力を入れている。

また、江の島はシラス漁業が盛んだ。五輪期間中に営業を停止する交渉は、組織委員会の担当で、補償など多くの課題を抱えている。それも再び1年後を目安に、再交渉の予定だ。【吉松忠弘】

◆江の島ヨットハーバー 64年東京五輪セーリング競技の会場として整備された。同五輪の同競技は参加40カ国、5種目が争われた。その後、98年のかながわ国体のために保管隻数を増やし、ハーバーの機能を拡充した。船舶の係留、保管規模は、クルーザーとして約160艇、ディンギー(小型ヨット)は約1000艇。21年の東京五輪では、7月25日から8月4日まで、10種目で争われる。


■葛西カヌー・スラロームセンター

葛西臨海公園(東京都江戸川区)内にそびえる大観覧車に乗り込むと、ほどなくして眼下に東京五輪会場が見えてくる。新設されたカヌー・スラロームセンター。日本初の人工コースという特徴を持ち、昨夏の完成披露式典では、16年リオデジャネイロ五輪銅メダリストの羽根田卓也(ミキハウス)が「間違いなく世界一のコース」と絶賛した。

葛西臨海公園の大観覧車から見たカヌー・スラロームセンター(撮影・奥岡幹浩)
葛西臨海公園の大観覧車から見たカヌー・スラロームセンター(撮影・奥岡幹浩)

近年は、海外の大きな大会が人工コースで行われる機会が増えている。そうした背景もあり、日本カヌー連盟の塩沢寛治強化部長は「我々にとって悲願といえる最高の施設」とうなずく。

昨年10月には東京五輪日本代表最終選考会が行われ、羽根田ら4人が出場切符をつかんだ。その後も国内外の選手たちが、本番での活躍を目指して練習に励んできたが、施設点検実施や、その後の新型コロナウイルス感染拡大にともない、年が明けてから使用できない状態が続いてきた。

カヌー・スラロームセンターで練習する日本代表の羽根田(日本カヌー連盟提供)
カヌー・スラロームセンターで練習する日本代表の羽根田(日本カヌー連盟提供)

ようやく施設再開に至ったのが先月27日。まずは東京五輪出場内定者を対象に練習利用可能となり、羽根田は「カヌーに乗った瞬間、『ただいま』と、一言あいさつした」。現在は、長らく水上から遠ざかっていたことによるリカバリー(回復)練習に取り組んでいる。繊細な感覚を取り戻すことは容易ではないが、最先端の施設で充実した日々を過ごしている様子。自身のSNSを通じ、「24時間ろ過・管理されている。自然できれいな、毎日こいでいて気持ちのいい水」と感謝した。【奥岡幹浩】

◆カヌー・スラロームセンター 20年東京五輪パラリンピック会場として、約73億円の整備費をかけて新設された。国内初の人工コースで、全長200メートル、幅約10メートル、高低差4・5メートル。電気ポンプで毎秒12トンの水をくみ上げ、変則的な渦やうねりのある激流をつくり出す。所在地は東京都江戸川区で、葛西臨海公園に隣接とロケーションも良好。昨年7月に完成披露式典が開かれ、10月には東京五輪日本代表選手最終選考会が行われた。


■青海アーバンスポーツパーク

初めて五輪競技になったスポーツクライミングなどが実施される青海アーバンスポーツパークは、一時的な解体作業が進んでいる。

8月上旬。東京湾に近い仮設の会場は、高さ3メートル超の白壁とフェンスに囲まれていた。隣接する商業施設から確認すると、選手がよじ登る壁は取り外され、観客席の仮設スタンドの足場も解体されていた。工事現場用のプレハブは今も残り、道路沿いの雑草が生い茂るその光景は「五輪延期」を物語っていた。

スポーツクライミングの壁などが一時撤去された青海アーバンスポーツパーク(撮影・峯岸佑樹)
スポーツクライミングの壁などが一時撤去された青海アーバンスポーツパーク(撮影・峯岸佑樹)

大会組織委員会は解体理由について「安全性を考慮し、長期保存が難しい場合は撤去している」と説明。高温多湿な環境で長期間置くと壁は劣化し、ホールド(突起物)は手触りが変化する恐れがあり、いったん取り外して保管している。

今夏に向け、運営テストを今年3月に実施した。当初はテスト大会の予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、選手20人の参加を取りやめ、スタッフ数も約100人減らすなど規模を縮小。スタッフがスピード、ボルダリング、リードの3種目に取り組み、競技進行や計測機器の動作などを確認し、準備万全だった。JR東日本出身で会場責任者の柳沢美香氏は「コロナの状況が見通せないが、ぽっぽや(鉄道員)魂があるので、選手や観客らの安全安心を一番に考えたい」と話していた。

来夏には、この会場で五輪メダリストが初めて誕生する。その時は、歴史が刻まれる臨海エリアのホットスポットになるだろう。【峯岸佑樹】

◆青海アーバンスポーツパーク 東京・江東区の青海地区に仮設で整備された会場。19年11月に着工し、今年3月に完成。建設費は約26億4000万円。敷地面積は6万1747平方メートル。五輪ではクライミング(収容8400人)と3人制バスケットボール(同7100人)、パラリンピックでは5人制サッカーを行う。大会後は自転車BMXなどの会場となる有明に移設し、東京都が「アーバンスポーツゾーン」として再整備する予定。


■お台場

今月6日、お台場海浜公園(東京・港区)の水上に設置されていた五輪シンボルが撤去された。公園は一部開放されているが、新型コロナの影響で例年の夏に比べて涼を求める人もわずか。巨大モニュメントが消え、残されたプレハブと資材の山が、大会延期の寂しさを助長している。

トライアスロンが行われる予定のお台場海浜公園(撮影・鈴木みどり)
トライアスロンが行われる予定のお台場海浜公園(撮影・鈴木みどり)

昨夏、マラソンスイミングのテストでは選手たちがお台場の海を「臭い」「汚い」と酷評。トライアスロンでは大腸菌による水質悪化でパラのスイムが中止になった。直前の豪雨で大量の汚染水が流れ込んだためだ。東京都は水質改善のために今年2月に神津島から約2万立方メートルの砂を運んで投入。詳細なデータは公表されていないが、良化の兆しはあるという。

国際トライアスロン連合の大塚真一郎副会長は「本格的に対策を考えるのは来年」と話す。小池都知事は、新型コロナ対策で忙殺。都も最優先は感染拡大防止。手が回らないのが本音かもしれない。

五輪シンボル撤去の翌7日、日本トライアスロン連合は日本選手権の11月お台場開催を発表した。延期で会場は大会組織委員会の管轄下にあるが、調整の上で本番に近いコースでの「前哨戦」が決まった。同選手権のお台場開催は恒例で、11月は水質汚染の心配も少ないが、安全な水質のアピールにもつながる。

組織委は汚染水流入阻止へ水中スクリーンを3重に張る計画で、大塚氏も「1年の延期はプラスになる」と改善に自信をみせる。新型コロナが落ち着けば、都の汚染水対策も本格的になる。【荻島弘一】

◆お台場海浜公園 1998年(平10)、東京港埋立第13号地に誕生した。人工の砂浜を持つが、原則的に遊泳禁止。五輪、パラリンピックでトライアスロンのスイム、五輪のマラソンスイミングが行われる。ともに仮設スタンドで、収容人員は5500人。