8年に渡り開催されてきた熊本G3「火の国杯争奪戦in久留米」のタイトルが、その役目を終えた。
16年4月、2度の大地震が熊本を襲った。熊本競輪場のスタンドは壊れ、バンクにひびが入る壊滅的な状況。開催は困難となり、年に1度の開設記念は久留米競輪場に場所を移して行われることになった。中川誠一郎(44)が鬼神の走りで3度の優勝を飾り、21年には若手のホープ嘉永泰斗(25)がG3初制覇。廃止の声まで出た熊本競輪場の再開へ向けて、結果を残すことで存続をアピールし続けた。
今年9月、熊本市議会において熊本競輪の再開が明言され、来年10月に予定される熊本G3から「in久留米」の文字が消える。今回でラストとなる久留米代替開催には、“地元”熊本勢から総勢11人が参戦。決勝の舞台に4人を送り込むことに成功した。
結論から言うと、嘉永の番手まくりを中本匠栄(36)がゴール前で逆転して熊本勢でワンツー。最高の形でフィナーレを迎えた。その裏には、4者4様の思いが入り乱れていた。
ビッグレースの決勝でも1番人気を背負うなど、タイトルに最も近い男と称されるエース嘉永は、初日特選で落車のアクシデント。「(負傷した)右膝は腫れているし、まだ痛みもある」と満身創痍(そうい)の中でも、責任感で勝ち進んだ。決勝のメンバーを前に「自分が前で戦う気持ちがある」と話していた。
しかし、そこに割って入ったのが松岡辰泰(27)だった。期は嘉永より下だが、学年は1つ上の年長者。今シリーズは3日間とも番手回りで、決勝も嘉永に前を任せる決断をしても何ら違和感はない。ただ、松岡にその選択肢はなかった。決勝に送り込んでくれた仲間の思いを結実させるためにも、熊本から必ず優勝者を出すという強い意志があった。最終的に嘉永が「先輩の背中を追いかけます!」とげたを預けると、松岡は「俺に付いとけ!」と力強く宣言。その言葉通り、松岡は郡司浩平、新山響平のSS班を相手にも臆することなく先行勝負に出て先導役をやってのけた。
中本と塚本大樹(34)の3、4番手回りが決まるまでにも、かなりの時間を要した。中本はG2タイトル獲得歴もあり、実績では上位。ただ、現時点の能力指標でもある競走得点は、わずかに塚本の方が上回る。中本は「僕が(塚本の)前で走ったこともあるし、大樹が戦ってきた姿も見てきたけど…」と葛藤もあったが、「今回は大樹に甘えさせてもらう」という形で折り合った。塚本の「前で頑張る若い2人に迷惑をかけられないから」という気持ちが一枚岩を形成した。それでも「俺は、3番手で競っても良かったんだけどな(笑い)」と、冗談とも本音とも取れる言葉に、プライドを垣間見た。
熊本の総大将の中川は、まさかの2次予選で脱落。レース後は「もう、気持ちはゼロですよ…」とぼやいていたが、その言葉とは裏腹にレースでは猛ハッスル。3日目には大の苦手にしている番手並走を耐えて1着を決めると、最終日には古性優作との踏み合いを制しての連勝ゴール。決勝を走る熊本カルテットを勇気づける、影のアシスト役を全うした。
109期以降の選手は熊本競輪場を走った経験がなく、みな再開を心待ちにしている。日本一熱いと称される熊本のファンの大声援を浴びて、地元選手が疾走する姿を見るのが今から楽しみでならない。【中嶋聡史】



























