決勝トーナメントが始まった。3度目のW杯出場にして初めて1次リーグを突破した南アフリカは、カナダに0-1と敗れた。後半アディショナルタイムの決勝点に力尽きた。
「バファナ・バファナ」の愛称を持つ。現地のズールー語で「少年たち」。前回の出場は2010年だった。アフリカ初となる母国開催となったが、ただ1次リーグで敗退した。開催国が初めて決勝ラウンドを逃していた。今回は勝ち上がれる枠が32に広がったとはいえ「新たな景色」を見ることができた。
あの黄色のユニホームを見ると懐かしさが込み上げてくる。16年前の南アフリカ大会も取材している。サッカーシティーで見た開幕戦、南アフリカMFチャバララが鮮やかな大会第1号ゴールを決めた。
耳をつんざく大歓声。そのチャバララは「ソウェトの星」と呼ばれていた。
ソウェトとは、ヨハネスブルク郊外に広がる広大な旧黒人居住区(タウンシップ)のこと。反アパルトヘイト(黒人隔離政策)の闘士で、後にノーベル平和賞も受賞したネルソン・マンデラ大統領が拠点とした。自由への闘争の地だった。
大会期間中、そのソウェトに足を踏み入れた。現地在住の友人を介してガイドを付けた。買い込んだボールを車に乗せて出かけた。自身もコーチだったゆえに、現地の子どもとサッカーを通して交流したかった。そしてW杯について話を聞いてみたかった。
むき出しの赤茶けた土に、小さなトタン屋根の家が並んでいた。「ここはチャバララの家です」。ここから育った子どもが、あの10万人のサッカーシティーでヒーローに? 目の当たりにすることで、開幕戦の感動がより鮮明になった。
その後、多くの子どもたちがいる広場に行った。手土産のボールをプレゼントし、サッカーを楽しんだ。「僕らもチャバララのようになりたい」。そんな夢をみんなが口にしていた。
あれから早16年が過ぎた。4大会ぶりのW杯に登場したチームは26人中19人が自国リーグ所属。「タウンシップ」出身の選手も多いと聞く。あのソウェトにいた子どもたちは今、どうしているのだろう。ピッチで戦っている選手と同年代だ。だからなおさら懐かしさと感動が込み上げてきた。
W杯とはピッチだけの物語にとどまらない。その国のサッカーに加え歴史や社会問題まで、さまざまな事象に光が当てられる。
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は、戦争や迫害によって故郷を追われた経験を持つ11人のW杯選手を発表している。この日、南アフリカと戦ったカナダのDFデービスも難民キャンプの出身である。
後半30分に登場すると、会場からは大きな拍手とどよめきが起こった。名門Bミュンヘン所属という力量はもちろん、その生い立ちへのエールも混じる。あきらめるな、負けるなと、どこかの誰かの背中を押すメッセージとも受け取れる。
試合に勝敗は付き物だが、人生には敗者などいない。
多人種が手を取り合う共存社会を掲げた「レインボーネーション(虹の国)」。
亡きマンデラ大統領の言葉を思い出した。【佐藤隆志】



