スポーツ現場では時に胸が締め付けられるような大けが情報が入ってくる。今季のJリーグ開幕間近の8月3日に、セレッソ大阪から出された発表も、思わず顔をゆがめるようなものだった。
MF柴山昌也(24)が「左ひざ複合靱帯(じんたい)損傷」で負傷離脱。見慣れない診断名が示すのは、ひざ関節を支える前十字靱帯、後十字靱帯、内側側副靱帯、外側側副靱帯(じんたい)の4つのうち、2つ以上が損傷を受けた状態。主に交通事故や転落により受傷することが多いとされる大けがだ。
9日の開幕戦では、C大阪の選手が柴山の背番号「48」がプリントされたシャツで入場し、ホームゴール裏では「48」のコレオグラフィーで柴山を励ます光景があった。それはそれだけの重傷であることでもあった。
多くの人が復帰を願う中で、1人の選手がサポート役に名乗り出た。京都サンガF.C.のMF斉藤未月(27)だ。
斉藤はヴィッセル神戸に所属していた23年8月の試合でタックルを受け、左ひざの関節脱臼、複合靱帯(じんたい)損傷、内外側半月板損傷という選手生命も危ぶまれる大けがを負った経験を持つ。今では復帰し、11日のトレーニングでも持ち前のハードな守備で躍動感あふれるプレーを見せるまでになっているが、ここまでの道のりは壮絶なものだった。だからこそ、柴山への思いも強くなった。
これまで直接の付き合いはなかったが、23年にC大阪で柴山と一緒だったチームメートのMF新井晴樹(28)に紹介される形で、負傷直後の柴山から連絡を受けた。
「柴山選手や僕のようなけがは、基本的には自爆でなることはなかなかなくて、事故的な接触によるもの。メンタルにも相当ダメージがあったと思う。ただ、僕が今サッカーをできていることは希望にもなるかもしれない。ケアや復帰までのトレーニングについては伝えられることがあると思う」
その思いで、やり取りが始まった。
柴山からはさまざまなことを聞かれているといい「この時どうでしたかという感じで。手術までの間隔も同じぐらいみたいだし、その間にどれくらいトレーニングした方がいいとか、そういうやり取りをしています」。“先輩”として、細かな疑問にも答え、時には自虐も交えて支えている。
「彼から話を受けた時には、もう松葉杖をついているということだった。入院してからベッドに寝たきりの状態で1回目の手術までを過ごした僕からしたら、大丈夫でしょって(笑い)。やることをやれば戻る可能性は絶対あるし、テクニカルなプレーヤーだから、恐れることはない。ガツガツいくスタイルの自分がプレーできているんだから」
他クラブでも多くのけが人が出ていることもあり、斉藤は「今まであまり表に出してこなかったけど、ひざのけがをする選手も増えているので、伝えられることは伝えていけたら」と、自身の復帰までの道のりも明かした。
23年8月と11月に手術を受け、24年8月に部分合流し、同年終盤に全体練習に戻った。25年1月に対外試合で実戦復帰、同2月には富士フイルムスーパーカップで公式戦に出場した。その後も波はありながらも、ピッチに立ち続けている。
当事者以外から見ると、最もショックが大きいのは長期離脱が決まった直後だと思いがちだが、そうではなかった。斉藤が最も苦しんだのは、リハビリを乗り越えて練習に復帰した直後だったという。思っていた以上のギャップに苦しめられた。
「2年分の積み重ねがなかった分、自分で思っている以上に、強度に対して体が慣れていかなかった。めちゃくちゃトレーニングしていた自負はあるし、めちゃくちゃ厳しいこともやっていた。でも体が負荷に耐えられなかった。久しぶりにボール蹴って足にあざできたぐらいだし、練習試合に出たら体はもうバキバキで動かない。全身肉離れしているような感じ。その現実が、メンタル面の波としては一番落ちたところ。そこから全然戻れなかった」
ピッチに立てるようになれば、練習を重ねていくだけだと思っていたが、トップレベルで戦えるまでに状態を戻すには、想像していた以上の苦労があったと振り返る。
「自分ではやりたいと思っているのに、やれない。それがきつい。正直、半年~1年ぐらいは“うつ”みたいな感じになった。夜は真冬なのに寝汗をめっちゃかいたり、全くしなかった歯ぎしりをするようになった。自分では全く気づいていなかったことを奥さんに伝えてもらって『俺やばいかも』となった」
見えないところで、想像を絶する苦しみを味わった。それを乗り越えられたのは家族やチームメート、スタッフの支えがあったから。その実感があるからこそ、柴山に寄り添う思いがわき上がった。
「少しずつ良くなっても気持ちの浮き沈みはあったけど、今はやるべきことをやることが大事だと思えるようになった。そうやって感じてきたこと、自分にしかわからないこともあると思うから、それが役に立てるならサポートしたいと思った。復帰まで時間はかかると思うけど、できるところは最大限にしていきたい」
斉藤がけがをした当時や、徐々に動き出した頃を目にした者からすると、ハードなプレーをする斉藤を見て怖さを感じることもあるが、激しいボディーコンタクトでボール奪取を繰り返す本人が見据えるのは、試合に出て活躍することだけ。「キャンプも良い感じでプレーできて、今はいい状態。試合に出てさらにコンディションを上げていきたいし、チームに貢献したい」。ギラギラと意気込む“小さな巨人”は、自らのプレーで柴山をはじめとした長期離脱選手の心に光を与える存在となる。【永田淳】




